次世代の宇宙望遠鏡の開発がスタート

米国航空宇宙局(NASA)は2020年3月3日、次世代の宇宙望遠鏡として計画している「近赤外広視野サーベイ衛星(WFIRST)」について、開発段階へ進むことを承認したと発表した。

WFIRSTは、現在活躍中の「ハッブル宇宙望遠鏡」や、開発中の「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に続く、NASAや米国の科学界が最優先と位置づけている計画で、観測が始まれば、ダーク・エネルギーや系外惑星など、数々の宇宙の謎を解き明かすことが期待されている。

ただ、予算が十分につくかどうかは不透明で、今後の開発や打ち上げ時期がどうなるかは予断を許さない状況となっている。

  • WFIRST

    近赤外広視野サーベイ衛星(WFIRST)の想像図 (C) NASA GSFC

WFIRSTとは?

近赤外広視野サーベイ衛星(WFIRST:Wide Field Infrared Survey Telescope)は、NASAが開発する宇宙望遠鏡で、赤外線を使って宇宙を観測し、ダーク・エネルギーによって宇宙が加速膨張するメカニズムの解明や、系外惑星の探索と特徴づけ、さらに近赤外サーベイ観測を行うことを目的としている。

米国の宇宙科学は、全米アカデミーズの傘下にある米国学術研究会議が作成する10か年計画「ディケイダル・サーベイ(Decadal Survey)」がその方向性を決めているが、その中においてWFIRSTは最優先のミッションと位置づけられている。

また、NASAにおいても大型戦略的計画のひとつとして、現在活躍中のハッブル宇宙望遠鏡や、開発中のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に続く、旗艦的なミッションとなっている。

WFIRSTはもともと、完全に新しい宇宙望遠鏡として開発されることになっていたが、2012年に米国家偵察局(NRO)から、偵察衛星に使う予定だった望遠鏡の主鏡を譲り受けることになり、この部品を活用した設計へと変更されている。

打ち上げ時の質量は約4tで、ハッブル宇宙望遠鏡と同じ口径2.4mの望遠鏡を装備。広視野分光撮像装置と、恒星を観測するためのコロナグラフをもち、可視光から近赤外域を観測対象としている。ハッブル宇宙望遠鏡の100倍の視野領域を持ち、宇宙全体からの微弱な赤外線信号を検出できる性能をもつ。太陽・地球系の第2ラグランジュ点で運用され、設計寿命は5年が予定されている。

WFIRSTの観測テーマのひとつは、ダーク・エネルギーというものである。最近の観測により、宇宙の膨張は加速していることが明らかになったが、もし一般相対性理論が正しいとすれば、その観測事実は、この宇宙の70%以上が、見えない"負のエネルギー"で満たされているということを意味する。このエネルギーのことをダーク・エネルギーと呼ぶが、その正体はまったくわかっていない。

もうひとつは系外惑星の観測である。WFIRSTでは、重力マイクロレンズ観測とコロナグラフ観測を行い、前者では銀河系中心方向にある系外惑星を探索して分布を調べ、後者ではそうした系外惑星の特徴を調べることを目指している。

このほか、公募による観測も行われる。

計画はNASAゴダード宇宙飛行センターを中心に、ジェット推進研究所(JPL)や宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)など、米国の多数の研究機関が参加しているほか、日本など他国の研究機関も、観測機器の開発や共同観測、運用などで参画することが考えられている。

  • WFIRST

    WFIRSTの主鏡。もともと米国家偵察局の偵察衛星のために開発されていたもので、NASAがそれを譲り受け、WFIRSTに活用することになった (C) NASA GSFC

打ち上げに向けた先行きは不透明

WFIRSTは2011年の検討開始後、長らくアセスメント・フェーズ(事前評価)の段階で足踏みしていたが、2016年に正式にNASAの計画として動き出した。

しかし2018年2月、ドナルド・トランプ大統領は2019会計年度の予算教書で、WFIRSTを中止する意向を示した。これには、WFIRSTの開発コストが高くなると見込まれたことと、有人月・火星探査を優先するためという背景があった。

これに対しては米国はもちろん、国外の科学界からも批判が寄せられ、そして議会の反対もあって、最終的に予算は割り当てられたものの、当初必要とされた額からは大きく下回った。翌年の2020会計年度の予算教書でもトランプ大統領は再度中止を要求し、そしてふたたび議会によって反対され認められるも予算不足という、綱渡り状態が続いた。

こうした紆余曲折がありながらも、2019年11月1日には予備設計審査が完了。そして今回、NASAが開発を承認したことで、エンジニアリング・モデル(性能や環境試験を行う試験機)を構築するとともに、設計を固める段階へと進むことになった。

ただ、2020年2月に発表された2021会計年度の予算教書でも、トランプ大統領は、WFIRSTに関しては予算ゼロを要求している。もっとも、これは開発が遅れているジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の完成に焦点を当てるためであり、同望遠鏡の打ち上げ後には予算が復活する見通しだという。

現時点で、NASAはWFIRSTの打ち上げ時期について、2025年ごろとしている。しかし、すでに予算が不足していること、そして今後の見通しも不明なことから、打ち上げが遅れる可能性は高い。

NASAによると、WFIRSTの開発費は32億ドルと予想されている。また、5年間の運用コストと、系外惑星を画像化する新しい技術実証の機器も含めると、WFIRSTの最大コストは39億3400万ドルになるとしている。

なお、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の開発のように、先進的な宇宙機の開発は予算も期間も超過することが半ば当たり前となっているが、WFIRSTについてNASAは「NROから望遠鏡の部品の譲渡を受けたこと(すでに部品の完成品が存在すること)、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の開発を通じて得た教訓がある」とし、技術的な理由でそうした問題が出る可能性は小さいと主張している。

  • WFIRST

    アンドロメダ銀河としても知られるM31を、WFIRSTで観測した際のシミュレーション図。ハッブル宇宙望遠鏡は、青色の輪郭の領域を撮像するのに650時間以上かかったが、WFIRSTを使用すると、銀河全体をカバーするのに3時間しかかからない (C) DSS, R. Gendle, NASA, GSFC, ASU, STScI, B. F. Williams

参考文献

NASA Approves Development of Universe-Studying, Planet-Finding Mission | NASA
About WFIRST | NASA
WFIRST/NASA
BUDGET OF THE U.S. GOVERNMENT - The White House
NASA's FY 2021 Budget | The Planetary Society