古くなった衛星に別の衛星を合体させて運用を継続

米国の航空宇宙メーカー「ノースロップ・グラマン」とその子会社の「スペース・ロジスティクス・サービシズ」は2020年2月26日、古くなった静止衛星に、別の衛星をドッキングさせる、史上初の実証に成功したと発表した。

この実証は、燃料が残り少なくなった静止衛星に、軌道・姿勢制御を肩代わりできる別の衛星を合体させ、"二人羽織"の状態で運用を続けることを目指したもの。さらに将来的には、衛星への燃料の補給や、壊れた衛星の点検や修理なども行うことを目指す。

  • MEV-1

    静止通信衛星「インテルサット901」に接近する「MEV-1」から見た光景。このあと両者はドッキングに成功した (C) Northrop Grumman

衛星同士のドッキング方法

この偉業を成し遂げたのは、「ミッション・エクステンション・ビークル1(MEV-1:Mission Extension Vehicle-1)」という衛星である。ノースロップ・グラマン(旧オービタルATK)がもつ「ジオスター3」という静止通信衛星用の衛星バスを使って造られた衛星で、打ち上げ時の質量は2326kg。2枚の太陽電池パドルをもち、一見すると普通の衛星とあまり変わらない姿かたちをしている。

しかし、その先端にはドッキング・アダプターが装着されており、他の衛星にドッキングすることで、さまざまなミッションを行うことができるようになっている。

同社が考えているミッションのひとつが、運用終了を控えた衛星の延命化である。現代の静止通信衛星は故障しにくく、通信機器はまだ正常なのにもかかわらず、軌道や姿勢を維持するのに必要な推進剤がなくなったために引退せざるを得ない、という場合が多い。

そこでMEVは、推進剤がなくなった静止衛星に取り付き、軌道制御や姿勢制御を肩代わりすることで、その衛星のミッション期間を延長させることを目指している。

さらに将来的には、衛星へ直接燃料を補給したり、壊れた衛星の点検や修理、デブリ化した衛星の除去など、まさに宇宙のロードサービスのようなことを行うことも可能になるという。

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    MEVによるドッキングの想像図。左側がドッキング相手の静止衛星、右がMEVである (C) Northrop Grumman

宇宙船同士の自律的なドッキングは、国際宇宙ステーション(ISS)で定期的に行われているように珍しいものではない。また、無人の衛星同士の自律的なドッキングも、1997年に宇宙開発事業団(NASDA、現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA))が打ち上げた技術試験衛星「きく7号(ETS-VII)」のミッションで、「おりひめ」と「ひこぼし」という2機の衛星が成功させている。

ただ、ISSも「きく7号」も、お互いの衛星がドッキングすること、あるいはされることを念頭に置いて造られている。一方、MEV-1の最大の特徴は、相手が非協力物体(ドッキングされることを意図していない衛星)でもドッキングできるところにある。

それが可能な秘密はドッキング・アダプターにある。MEV-1は相手の衛星に近付いたのち、槍のような捕獲装置を突き出し、衛星のアポジ・エンジン(静止軌道への投入時に使う比較的大型のスラスター)のノズルから差し込み、奥で固定。このエンジン部分は、衛星からある程度出っ張っており、また強度もあり、そしてノズルは漏斗状になっているので、槍を差し込んで捕まえやすいという特徴がある。

そして、捕獲装置を巻き取るように動かすことで、衛星同士が引き寄せられ、合体することができる。

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    インテルサット901を捕まえたMEV-1。インテルサット901のアポジ・エンジンのノズル(中央)に、棒状の装置を差し込んでいる様子がわかる (C) Northrop Grumman

蘇ったインテルサット901

今回、MEVの技術実証のターゲットとして選ばれたのは、衛星通信大手インテルサットが運用していた「インテルサット901」という衛星である。

同衛星は2001年6月に打ち上げられ、長年運用が続けられていたが、推進剤が底を突きかけていたために、運用終了の時期が迫っていた。そこに、ノースロップ・グラマンがMEV-1の実証を行う計画を立てていたことから、両社の思惑が一致。今回の実証実験が行われることになった。

MEV-1は2019年10月に、ロシアのプロトン・ロケットで打ち上げられた。打ち上げは成功し、MEV-1は装備している電気スラスターを噴射して、徐々に赤道上空高度3万5800kmにある静止軌道を目指して登っていった。

一方インテルサット901は、12月に静止軌道から約300kmほど高度を上げ、「墓場軌道」と呼ばれる軌道で待機していた。墓場軌道とは、運用を終えた静止衛星が漂流したり爆発したりしても、他の静止衛星に影響を与えないようにするために投入される、静止軌道から外れた軌道のことである。今回は、初の静止衛星同士でのドッキングであるため、万が一問題が起きても他の衛星に影響を与えないよう、墓場軌道上でドッキングが行われることになったのである。

その後、2020年2月5日にMEV-1はインテルサット901の近くに到着。そして、インテルサット901に何度も近付いたり離れたりし、センサーとアルゴリズムの較正や改良を繰り返した。そして日本時間2月25日16時15分(米東部標準時2時15分)に、ドッキングに成功した。

一体となった両衛星は今後、まず機能確認などを行ったのち、3月下旬ごろに、通信はインテルサット901が、そして軌道や姿勢の制御はMEV-1が行うという、いわば二人羽織状態で運用を再開することになっている。

延命期間は5年間とされており、その後はインテルサット901は、MEV-1によってふたたび墓場軌道へと移され、今度は完全に運用終了となる。

また、MEV-1は何度もドッキングとドッキング解除を繰り返しできるため、インテルサット901から離れたあとは、また別の衛星に取り付いてミッション期間を延命させることになる。MEV-1の設計寿命は15年とされているため、同様のミッションを3回ほどこなせる計算になる。

さらにノースロップ・グラマンは現在、2機目のMEV-2の製造も進めており、2020年後半に打ち上げ、別のインテルサットの衛星にドッキングする予定となっている。

今回の成功を受けて、同社は「このミッション期間の延命サービスは、最初のステップに過ぎません。将来的には、衛星の軌道傾斜角を変更したり、壊れた衛星の検査をしたり、さらにはその壊れた衛星を修理することも可能にしたいと考えています」と語っている。

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    インテルサット901に接近するMEV-1から見た光景。奥に地球が見える (C) Northrop Grumman

参考文献

Northrop Grumman Successfully Completes Historic First Docking of Mission Extension Vehicle with Intelsat 901 Satellite | Northrop Grumman
Mission Extension Vehicle - Northrop Grumman