実用化一歩手前まできた量子コンピュータ
カナダD-Waveが量子アニーリングを用いた量子コンピュータを開発し、それをGoogleやNASAが活用すると報じられて以降、量子コンピュータに対する注目度は高まり続けている。
2019年10月にはGoogleによる従来のノイマン型コンピュータでは演算に時間がかかっていた問題も、量子コンピュータを用いることで高速に解くことができる、いわゆる「量子超越性」を実現したとする論文が科学誌「Nature」に掲載されるなど、もうすでに実用化一歩手前まで来ているのではないか、という印象を受けるが、実際にどのようなところで活用できるのか、についてはなかなか見えてきていない。
そうした量子コンピュータの性能向上が進む一方で、実際の社会における課題解決に量子コンピュータが使えるのではないか、といった研究が世界各地で進められている。日本でも多くの企業がハードウェアの開発もそうだが、アプリケーションとしてどういったものに活用できるのか、といった取り組みを水面下で進めている。
京セラもその1社で、グループ会社の京セラコミュニケーションシステム(KCCS)と協力して基礎研究レベルから実際に提供しているソリューションへの活用まで、幅広い研究活動が進められている。今回、その一端を両社の研究担当者たちに話を聞く機会を得た。
いつでも高品質な無線通信を実現
京セラがグループとして量子コンピュータの活用に向けた研究を本格的に開始したのは2018年3月。2年弱を経た2020年の現在、「まだボヤっとした感じだが、どういった方式の量子コンピュータが、どういった分野で活用できそうなのか、といったことが見えてきた」というところまで到達したという。
例えば2020年から本格的に立ち上がる5Gにも密接にかかわってくる問題である通信基地局の設置と通信品質の向上は、量子コンピュータ活用の可能性が出てきたアプリケーションの1つ。4G/LTEの場合、基地局のセル(基地局から電波の届く範囲)に対して、電波の受信領域の重複を避けることが求められるため、504個の独立した物理レイヤセル識別子(PCI:Physical Cell ID)が割り当てられる。
4G/LTE基地局には一般的に3本のアンテナがあり、PCIは、基地局ごとに割り当てられた(アンテナでは共通)0~167のグループID(Secondary synchronization signals:SSS)と、基地局のアンテナごとに割り当てられ0~2のローカルID(Primary synchronization signals:PSS、Modとも呼ばれる)の組み合わせ(PCI=SSS×3+PSS)で決められる。
受信領域の重複は通信障害の原因となるため、すべての地点でPCIの重複つまり同じSSSとPSSをもつ電波の受信を必ず避ける必要がある。また同様に、SSSは異なるが同じPSSをもつ電波の受信に関しても、通信は可能だが通信品質の低下を招く可能性がある。PSSの重複を避けた割り振りを求めることで通信品質を高めることに繋げられる。ただし、このModの振り分けは、1基地局あたり3の階乗(3!)、つまり6通り([0,1,2]、[0,2,1]、[1,0,2]、[1,2,0]、[2,0,1]、[2,1,0])の選び方となるが、これが基地局が2つになれば62=36通り、10基地局になれば610=6046万6176通りとなる。仮に1通り1msで10基地局分の全数探索を用いた最適化計算を実施したとすると、約16.8時間ほどかかることとなる。
最適化は見える範囲で行えば問題はないのだが、人口密集地の場合、基地局あたりの収容数に限りがあるため、多数のアンテナを設置する必要がでてくる。そうなると、20基地局を同条件で計算すると620通り=11万5936年、25基地局だと625=9億151万8519年と、おそらく人類が滅亡しても計算をし続けなくてはいけない、いわゆる「組み合わせ爆発」が生じることとなる。
この人類にとって通信という重要度が増す技術である一方で、その最適化のために途方もない演算能力が求められるという問題も、量子コンピュータを用いると、量子コンピュータと現場との通信のやり取りを含めても「ほんの数秒」で、重複を最小化できる可能性がある組み合わせ解を複数得ることが可能になってきたという。
「最適化に向けて、アンテナの向きそのものを変える方法については、現場に人が行って、時間をかけて調整作業を行う必要がある。しかし、Modの変更についてはリモートからでもできるため、作業効率を高めることができるし、将来的には自動化といったことも期待できるようになる」と、どちらも通信品質の向上には重要な取り組みであることを前置きしつつ、通信分野においてはさまざまなシーンで量子コンピュータの活用が期待できることが見えてきたとする。
特に5Gがスタートすれば、カバーエリアを拡大する初期段階では、さまざまな場所にひたすら基地局を設置していくことになるが、時間が経てば、新しくビルやマンションが建設されるなど状況の変化に伴い、電波条件も変化してくる。もし、自動的にそうした条件を踏まえてModの変更により品質向上が図れるようになれば、より少ない労力で最適な環境を実現できるようになってくる。
量子コンピュータ = 可能性を可視化する物理現象
「量子コンピュータの良いところは、解が1つだけではなく10、100といった単位ででてくるところ。良さそうな答えをいくつも出してくれるので、それを熟練者が見て、実際の感と経験を踏まえて、最適解を選択するといったことも可能になる」と、量子コンピュータだけを頼り切って活用するのではなく、さまざまな活用の仕方も見えてきたとする。
同社の研究者は、2年近くにわたって使ってきた量子コンピュータに対する感想を「(少なくとも量子アニーリング方式は)物理実験装置です。スパコンなどと組み合わせて使うGPUのようなアクセラレータ的存在」と表現する。
見えてきた量子コンピュータ本格活用時代の到来
GPUコンピューティングも出始めは、できることが限られていた。しかし、研究者たちの飽くなき挑戦により、使える領域が広がり、ついにはスパコン性能ランキングTop500中の 1位のシステムなどでも採用されるまでになった。使える具体的なアプリケーションが見えてきたことで、現在の量子コンピュータも、かつてのGPUコンピューティングの勃興期に似た雰囲気を感じる状況となってきたといえるだろう。
なお、KCCSとしても、量子コンピュータを活用した基地局アンテナの最適化作業を5Gの基地局設置がひと段落するであろう頃には活用できるようにしたいとしており、今後もその他の活用に向けた探索も含め、積極的に量子コンピュータに向いたアプリケーションの探求を進めていくとしている。