産業分野では、電子システムの堅牢性に対する要求が特に強く、開発者には絶えず大きな課題が提示されます。そのような課題の1つが「過電圧保護」です。
これは設計時に検討すべき重要な事柄となっています。通常、過電圧という事象からシステムを保護するには、そのための部品を追加する必要があります。ただ、保護用の部品を追加することにより、新たな影響が生じてしまうケースも少なくありません。その影響により、入力信号が変質してしまうおそれもあります。従来の手法によって過電圧保護回路を設計する際には、システムの精度と保護のレベルの間で妥協を強いられることが少なくありませんでした。また当然のことながら、保護用の部品の追加はコストの増加とスペースの浪費につながります。
過電圧保護に向けて、一般的には外付けの保護用ダイオードを使用し、信号線と電源/グラウンドの間にクランプ回路を実現するという方法が用いられています。保護用ダイオードとしては、TVS(Transient Voltage Suppressor:過渡電圧サプレッサ)がよく使われます。TVSの長所は、一時的な電圧スパイクに瞬時に反応できることです。図1の左側に示しているのが、この種の過電圧保護回路です。
図1の回路において、入力に正の過渡電圧(パルス)が加わると、ダイオードD1からVDDに電流が流れてクランプされます。つまり、過渡電圧はVDDにダイオードの順方向電圧を加えた値までに制限されます。VSSよりも低い負の過渡電圧が加わった場合も、正の場合と同じ理論でD2によって過渡電圧はVSSまでに制限されます。ただし、過電圧に起因するリーク電流を制限していない場合には、それによってダイオードが破損するおそれがあります。そのため、入力信号のパスには電流制限抵抗も配置しています。システムが非常に過酷な環境で稼働する場合には、入力側に双方向のTVSを使用して保護を強化するということがよく行われます。
この種の保護回路には短所もあります。それは、信号の立上がり時間/立下がり時間の増加や、容量性の効果の増大といった形で現れます。また、回路が非導電状態にある場合には保護の効果は得られません。
通常、A/Dコンバータ(ADC)やオペアンプといったIC製品は保護機能を内蔵しています。その種の保護機能は、図1の右側に示すようなスイッチを使用したアーキテクチャを採用している場合があります。図1の例の場合、入力側と出力側の保護ダイオードが両方の電源レールに対して配置されています。この構造の欠点は、非導電状態(ICが起動していない状態)においてフローティングの信号が印加されると、ダイオードと電源レールに電流が流れて、スイッチが(たとえオフに設定されていても)アクティブであるかのように振る舞う可能性があることです。その結果、電流が回路を通過し、信号線が保護されなくなります。
保護機能を備える新たなスイッチ・アーキテクチャ
上述した課題に対する1つのソリューションを図2に示しました。これは、保護機能を備える新たなスイッチ・アーキテクチャです。その特徴は、双方向のESD(静電気放電)保護を実現する回路(以下、ESDセル)を備えている点にあります。入力側のTVSの代わりにESDセルを使用し、入力電圧をVDDまたはVSSと常に比較することによって過渡電圧をクランプします。また、持続的な過電圧が生じた場合には下流に設けられたスイッチが自動的にオープンになります。その場合、入力電圧を制限する役割を果たすのは保護ダイオードではありません。入力電圧は、スイッチの最大定格電圧によって制限されることになります。このアーキテクチャを採用すれば、システムの堅牢性と信頼性が高まるというメリットが得られます。また、本来の信号とその精度に対する影響も実質的には発生しません。スイッチがオープンの場合のリーク電流は非常に少なく、電流制限抵抗を追加する必要もありません。
この入力構造は、ADIのクワッドSPST(単極単投)スイッチ「ADG5412F」に採用されています。同ICは、どのような電源を使用する場合でも、最大±55Vの持続的な過電圧に耐えられます。また、4つのチャンネルがそれぞれに備えるESDセルにより、最大5.5kVの過渡電圧をクランプすることができます。過電圧が生じた場合、影響を受けたチャンネルのスイッチだけがオープンの状態になり、他のチャンネルは正常に動作し続けます。
まとめ
今回は、新たな過電圧保護用のスイッチを紹介しました。これを採用することにより、システムの回路を簡素化することができます。従来のディスクリートのソリューションと比較すると、多くのメリットが得られます。精度の高いシグナル・チェーンにおいて最適なスイッチング性能と堅牢性が保証されるとともに、実装面積を抑えることもできます。ADG5412Fによる過電圧保護は、特に過酷な環境における高精度の計測アプリケーションに適していると言えます。
著者プロフィール
Thomas BrandAnalog Devices
フィールド・アプリケーション・エンジニア(FAE)
2015年10月に修士課程の一環としてADIのミュンヘン支社でキャリアをスタート
2016年5月から2017年1月まで、ADIでFAEを目指す人のための研修プログラムに参加
2017年2月にFAEとなり、主に産業分野の大口顧客を担当
産業用イーサネットを専門としており、中欧における関連事業のサポートにも携わっている
ドイツのモースバッハにあるUniversity of Cooperative Education(UCE)で電気工学を専攻した後、ドイツのコンスタンツ応用科学大学 大学院で国際営業を学び、修士号を取得