国立障害者リハビリテーションセンター研究所などの研究グループはこのほど、軽いジョギングで着地時に頭に伝わる適度な衝撃が、脳機能の維持・調節に関係していることを、分子の仕組みとともに発見した。ラットとマウスで実験した。ジョギングの効果が分子レベルで明らかになったのは世界で初めてという。一般人やアスリートの能力向上だけでなく、高齢者や障害者に適用できる運動療法に道を開く成果だ。
一般に「運動はからだにいい」と考えられているが、どんな運動をどれくらいすれば健康寿命を延ばせるか、運動がどんな仕組みで効果を及ぼすかはほとんど分かっていない。また、運動したくても運動できない高齢者や障害者に対しては、無理のない運動療法の確立が求められている。
研究グループはラットの頭に加速度計を設置し、適度な運動と考えられている分速20メートルで走らせたところ、前足の着地時に約1G(Gは重力加速度の単位)の上下方向の衝撃を検出した。マウスで分速10メートル、人間で時速7キロメートルの速さで走ったときも、頭が同じ衝撃を受けることを確かめた。
続いて麻酔したラットの頭を毎秒2回上下動させて1Gの力を加えると、大脳皮質の一部で神経伝達物質セロトニンが誘導する幻覚反応(攻撃的あるいは反抗的行動)が抑制された。マウスを分速10メートルで走らせたときも同じ反応が見られた。
上下動の衝撃を加えたラットの脳をMRI(磁気共鳴画像)で観察したところ、大脳皮質内の間質液(体液)が秒速約1マイクロメートルで流動することが分かった。大脳皮質の神経細胞に加わる力を培養細胞で観察すると、セロトニンの受容体が細胞の内部に移動(内在化)し、セロトニンに対する応答性が低くなった。マウスで間質液の流動を阻害した場合、幻覚反応は抑制されなかった。
これらのことから研究グループは、運動で頭が適度な衝撃を受けると脳内間質液が流動し、脳内の神経細胞に流体せん断力という物理的刺激が加わって神経細胞の機能が調節されるという分子レベルの仕組みが広く存在していると考えている。適度な衝撃を与えれば、自発的に身体を動かさなくて済む疑似運動療法になりうる。
ちなみに、マウスを寝かせた場合は幻覚反応が抑制されなかった。リハビリテーションセンター病院の澤田泰宏臨床研究開発部長は「もし高齢者や障害者に応用するとしたら、寝ているベッドを動かすのではなく、立つか座るかした状態で衝撃を与えることになるだろう」と想定する。
ジョギングよりハードなマラソンや駅伝などの陸上競技では、クッション性に富んだ厚底シュースが好記録を続々と生み出している。澤田部長は「時速20キロメートルものスピードだと、脳への衝撃が過度になっているかもしれない。厚底で衝撃を和らげるのはいいことだろう」と話している。
研究グループには東京大学、東京農工大学、東京都健康長寿医療センター、米シンシナティ大学、群馬大学が加わっている。論文は米科学誌「アイ・サイエンス」に掲載された。