2019年10月1日付でSAS Institute Japan(SAS)や日本ヒューレット・パッカード(HPE)の社長を歴任した吉田仁志氏が、日本マイクロソフトの代表取締役社長に就任した。10月2日に行われた就任会見で吉田氏は、「以前からマイクロソフトのミッションに共感を持っていた。一員になったことにワクワクしている」と述べた。社長就任から3カ月が経った年初、あらためてそのおもいを聞いた。
なぜこのタイミングで日本マイクロソフトの社長を引き受けようと思ったのでしょうか?
吉田氏:日本にはこれまで多くのチャンス、オポチュニティがありました。2000年初頭にITバブルがあり、30年近くにわたって成長を続けてきました。しかし、今もそうかというと、そうではありません。企業の入社式の様子を見ていても、自分の子供達が社会に出て取り巻く環境を見ていても、かつてのような成長を続けていた時代とは違う雰囲気があることをひしひしと感じます。そのような違いを生み出してしまったのは、われわれの責任だと思っています。われわれがなんとかしなければならない。それが理由の1つです。
マイクロソフトはソフトウェアで成長してきた企業です。イノベーションの多くはソフトウェアから生まれています。マイクロソフトは、これからのイノベーションを左右しうるエンジンのような存在です。社会をなんとかしたい、なんとかするためのすばらしいエンジンがある。この2つの思いが一致したということです。
吉田仁志氏 略歴
1983年:米国タフツ大学 卒業
1983年:伊藤忠グループ事業会社 入社
1989年:米国スタンフォード大学大学院 コンピュータ・サイエンス修士号 取得
伊藤忠グループ事業会社 米国に赴任
1995年:米国ハーバード大学ビジネススクール 経営修士号 取得
1995年:米国ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ 入社
1997年:ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社 代表取締役社長 就任
2001年:ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ米国本社と米国ノベルの合併に伴い、ノベル株式会社 代表取締役社長 就任、及び米国ノベル 上級副社長 兼任
2006年:SAS Institute Japan 株式会社 代表取締役社長 就任
2011年:SAS Institute Inc. 副社長 北アジア地域統括、日本法人社長を兼任
2015年:日本ヒューレット・パッカード株式会社 代表取締役 社長執行役員 就任
2019年10月1日:日本マイクロソフト株式会社 代表取締役 社長 就任
SASもソフトウェア企業です。マイクロソフトだからこそできることとは何でしょうか?
吉田氏:他のソフトウェア企業との大きな違いは、マイクロソフトの製品を利用していない企業はほぼいないという事実です。どんなビジネスを行う場合でも、WindowsやOfficeは多く利用されています。このように大きなマーケットシェアを持っているソフトウェア企業はほかにありません。業界における規模、プレゼンス、これまで生み出してきたイノベーションの数などを見ても、これだけの実績と影響力を持った企業はありません。これは大きなアドバンテージです。
企業を経営するという視点から、SASやHPEとの違いはあるのでしょうか?
吉田氏:取り扱う製品や領域が異なるので、そのための戦略は当然異なってきます。例えば、SASはBAという1つの製品を展開しています。またHPEの場合はサーバやストレージ、ネットワークなど幅広い製品があり、ビジネスユニットも地域も異なります。それらをマトリックスでとらえる2次元の経営になります。マイクロソフトはその観点でいえば、3次元の経営です。製品、ソリューション、役割だけでなく目的/ミッションを持ったチーム、領域、地域が複雑に絡み合います。
外から見たマイクロソフトと、実際に中に入ってみて感じたことに違いはありましたか?
吉田氏:入った段階で「ああ、こんなにすごい会社になっていたんだ」というのが最初の印象です。規模もそうですが、エンタープライズ領域にどっぷりと入っていたことに驚きました。マイクロソフトはどうやってエンタープライズの領域にいくのかが大きな課題だったと思います。今回入ってみてわかったのは、もちろん一般消費者向けの事業も行っていますが、多くが法人のお客様向けであり、ストラテジーもエンタープライズを意識したものに転換していたことです。そして、大きな覚悟を持ってそれに取り組んでいました。
覚悟というのは、どういう意味でしょうか?
吉田氏:覚悟というのは、会社のミッションを変えてまで、企業変革をすすめるという強い意思です。会社のミッションを変えて成功した企業というのはそれほどありません。マイクロソフトは創業時のミッションとして「すべてのデスクとすべての家庭に1台の コンピュータを」を掲げ、達成しました。そして、次のミッションとして「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」を掲げました。ミッションを達成して巨大な企業になりながら、次のミッションへ移行するというのは相当たいへんなことです。社員1000人の会社に1000のソフトウェアライセンスを売るというビジネスから、クラウドを通してお客様の役に立ち続けるというビジネスへの転換を図っています。「売る」と「使っていただく」とでは発想がまったく違います。使い続けてもらうためにはお客様の課題を理解しなければなりませんし、お客様のビジネスを理解しなければなりません。製品の戦略からプロセス、人材まで、すべてを作り変えなければなりません。その覚悟を持って取り組むところがすごいと感じました。
あらためて、マイクロソフトの強みとは何でしょうか?
吉田氏:世界を変えられると思っているところですね。もちろん、いい意味です。
WindowsやOfficeのソフトウェアの世界からクラウドの世界に移行することで、これまでのような影響力を持てなくなるのではないでしょか?
吉田氏:まず、WindowsやOfficeという点では、引き続き多くのお客様にマイクロソフトの製品を利用していただいています。その意味では影響力が相当に強いといえます。そして、クラウドでは別の影響力が求められます。いま、多くの企業がクラウドを中心にした改革に取り組んでいます。クラウドはビジネス戦略であり、デジタルトランスフォーメーション(DX)の核です。PCのときはほぼ全員が何らかのマイクロソフト製品を使っていましたが、ある意味では1つのツールにすぎませんでした。一方、クラウドは全員が使うわけではないのですが、経営層へのインパクトが大きく、特定のプロジェクトでも高い影響力を持つことになります。
吉田さんご自身がマイクロソフトで取り組もうとしていることを教えてください。
吉田氏:ビジネス改革や社会改革をどう行うかです。「ビジネス=IT」という世界がどんどん広がっています。私が社会人になって30年以上経ちますが、ずっとITの予算の7〜8割は現状維持に費やされ、新しいイノベーションに振り向けられないという課題がありました。投資をいかに行い、戦略的な新しいイノベーションを起こすか。クラウドのテクノロジーはそのきっかけになります。CAPEXからOPEXへ変えるきっかけになり、財務的に軽くなることで、イノベーションに予算や労力を投じることができます。IaaSだけならプラットフォームが変わるだけですが、そこにソリューションやAI、働き方改革などのテーマを関連付けることで、ビジネスモデルを変える弾になる。これは30年の間で一番のイノベーションだと思っています。
日本はDXの取り組みが遅いともいわれますが・・・
吉田氏:DXはいまの日本にいちばん必要なものだと思っています。日本は確かにテクノロジーの採用が遅いですが、いったん火がつくと一気に広まるという特徴もあります。いまDXの取り組みはまだスローかもしれませんが、これから一気にスピードが増すと考えています。もっと早くやりたい。そのお手伝いをしたいと思っています。DXと言えばマイクロソフトと評価されるようなポジションに持っていこうとしています。
DXが遅れている理由、DXの障害は何だとお考えですか?
吉田氏:選択と集中のバランスをどう取るかの難しさです。マイクロソフト自身の変革の話にも通じるのですが、すでにあるものを捨てることはかなり大変です。ミッションを定義し、進むべきビジネスの方向性とバランスを取りながら、カルチャーを変え、うまく切り替えていくことが重要です。そのきっかけになるのがクラウドテクノロジーです。
自身の強みは何でしょうか?
吉田氏:大局観を持っていることでしょうか。本質を見るようにいつも務めています。さまざまな状況があったとして、そこで「一番大事な物は何?」を常に考えるようにしています。
その強みをどう社内外に浸透させていくのでしょうか?
吉田氏:社内には「われわれは世界を変えるんだ、Make a Differenceだ」といっています。成果は「One Conversation、One Deal、One Customer at a Time」です。お客様と話す機会はそれぞれが変革の機会ですし、提供するソリューションによって、お客様の成果につながっていく。それが最終的にはシェア(占有率)になって現れてきます。お客様の成功がマイクロソフトの成功です。
吉田カラーが出てくるのはいつ頃でしょうか?
吉田氏:カラーとよくいわれるんですが、一度も意識したことはないんです。外から見たらカラーがつくのでしょうが、「自分のカラーはこうだ」というのはあまりなく、常にそのときに一番正しく、本質的なことをやろうと、それに向かっていくにはどうしたらいいのかを考えています。そうすると、行き着くところは「人」なんです。社長の一人の力だけで会社がうまくいくわけではありません。チームとして、会社全体の底力を上げていく。そうすれば、みんながモチベーションを持って、キラキラした目をして仕事に挑むことができると思います。
マイクロソフトの新年度は7月からで年度途中に引き継いだ形です。新年度はどのような方針で望みますか?
吉田氏:記者会見でも話しましたが、いまは前年度の方針そのままで路線が変わることはありません。グローバルな動きのなかで取り組んでいくことなので、日本マイクロソフトとしてまったく独自に方針を決めることはありません。新年度についてはまだ公表できるものはないのですが、社内では話をしています。これは吉田カラーに近いのかもしれませんが「われわれはお客様に寄り添うマイクロソフトを目指す」ということです。寄り添うというのは、われわれ自身がトランスフォーメーションしてきた経験をお客様に提供するということです。改革はうまくいかないことのほうが多く、人事はこう、ファイナンスはこう、マーケティングはこう、営業はこうという失敗と成功の経験がたくさんあります。それを全部お客様と共有する。われわれの失敗談が参考になることも多いはずです。その上でトランスフォーメーションのお手伝いをさせていただきます。肩を並べて、お客様が理解できるように寄り添っていく。それがこれからのマイクロソフトが目指す姿です。