マクロもミクロも高精度で使えるシミュレーション
東京大学生産技術研究所(東大生研)の山崎大 准教授の研究グループは、地球規模での水の流出解析という基礎学術分野を長年にわたって研究し、地上の河川の水の流れを高精度で解析するツールとして全球河川モデル「CaMa-Flood」(ケイマ・フラッド)というシミュレーションを開発。ソースコードの公開も行っているほか、その使い勝手や高精度化などを図るために、現在もさらなる改良が続けられている。
山崎准教授は「CaMa-Floodはマクロ的にもミクロ的にも精度良く利用できる点に実用的な意味合いがある」と解説する。つまり「アフリカ大陸を流れるナイル河のような数1000キロメートルに及ぶ大河でも、日本国内の各河川のようなある程度の規模の河川にでも解析できる点に価値がある」と説明する。
日本の河川の氾濫予測への活用に期待
この全球河川モデル「CaMa-Flood」の活用対象として、日本などの河川の洪水予測に適用できる可能性も近年、浮上してきており、基礎学問を土台に、実際の河川の状況把握や解析の中で、大雨時の河川の洪水予測という応用分野という社会実装への広がりをみせ始めたとして注目されるようになってきた。
地球科学の一分野である水文学(hydrology)は、海洋や陸地における水の循環過程から、地域的な水のあり方・分布・移動・水収支などを主に研究する科学として発達してきた。特に陸地での水の循環過程を予測するには、地球表面の地形などを正確に知ることが必要になる。幸いにして、NASA(米航空宇宙局)がスペースシャトルを活用して、地上表面の高さなどをデジタル計測する「SRTM」(Shuttle Radar Topography Mission)というミッションを実施、その計測データを公開したことから、地球表面の標高を約100メートルの分解能で表わすことができるようになった。実際には、この標高データは誤差もいくらか含んでいたが、山崎准教授はその誤差を打ち消すアルゴリズムを適用して、高精度な標高データとして全球河川モデル「CaMa-Flood」の実用的な精度を確保している。
大規模河川での特殊な洪水流れの再現に成功
山崎准教授の研究グループは、この全球河川モデル「CaMa-Flood」を東南アジアのラオス、タイ、カンボジア、ベトナムなどを流れる河川であるメコン川(約4350km)において、カンボジアにあるトンレサップ湖にメコン川の水が逆流する現象などを解析し、その特殊な洪水現象の再現に成功している。図1は、その1例となるトンレサップ湖にメコン川の水が逆流する観測画像である。このように、「約4350kmという大きな河川の各地域の水位を精度良く計算し、逆流する現象をうまく把握できた」と、山崎准教授は語る。
こうした解析結果などから「CaMa-Flood」は広域での洪水リスクを定量的に把握するツールとして有効と考えられるようになり、「洪水リスク」などの点で社会実装として産学連携の共同研究が始まっている。
進む日本の河川での活用研究
2019年10月12日の夜に関東地方や東北地方などを通過した台風19号による各河川での洪水・氾濫などの観点から、「CaMa-Flood」による日本各地の河川での洪水・氾濫予測ツールとして期待が高まっている。その先駆的な予測ツールとして、例えば関東地方の栃木県と茨城県を流れている鬼怒川流域での洪水・氾濫予測ツールとしての実証も始まっている。図2は、鬼怒川流域での洪水・氾濫予測の研究成果の1例である。こうした動きが拡大する様子を見せ始めている。
進化が続く「CaMa-Flood」
山崎准教授の研究グループは全球河川モデル「CaMa-Flood」の最新版を近々公開する予定だ。
今後は各種の地形データや気象データなどの"ビックデータ"をAI(人工知能)と組み合わせて利用する手法なども含める形で全球河川モデル「CaMa-Flood」の利用法が進むと考えられている。
研究者プロフィール
山崎大(やまざき だい)東京大学 生産技術研究所 准教授
【略歴】
2012年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程修了、博士(工学)
2012年 英国ブリストル大学地理科学研究科 訪問研究員(日本学術振興会海外特別研究員)
2014年 海洋研究開発機構 統合的気候変動予測研究分野 研究員
2017年 東京大学生産技術研究所 助教
2018年 東京大学 生産技術研究所 准教授
2019年より東京大学空間情報科学研究センター 准教授を兼務
現在に至る