米国航空宇宙局(NASA)は2019年10月25日、月の南極で水を探す探査車「ヴァイパー(VIPER)」を開発すると明らかにした。民間のロケットと着陸機を活用し、2022年12月の打ち上げを目指す。
月の水をめぐっては、かねてより研究や探査が続いているが、まだはっきりとした答えは出ていない。
ヴァイパーはこの謎に終止符を打つとともに、人類が月で活動したり、住んだりできるかどうかを占う、重要な役割を果たす。
月の南極を探る「ヴァイパー」のミッションとは
ヴァイパーはNASAが開発する月探査車で、月の南極へ送り込み、氷の状態で眠っていると考えられている水について、その場所や埋蔵量を調べ、そして実際に取り出すことを目指したミッションである。
開発はNASAジョンソン宇宙センターが主導し、観測機器はNASAエイムズ研究センター、ケネディ宇宙センター、そして民間企業のハニービー・ロボティクス(Honeybee Robotics)が開発、提供する。
ヴァイパーとは、「Volatiles Investigating Polar Exploration Rover(極域で揮発性物質を調べる探査車)」の頭文字を取ったもので、またマムシやハブなどのクサリヘビ科の総称にもかかっており、月の水を獰猛に探すというような意味合いも込められている。
探査車の寸法は1.4m×1.4m×2.0mで、ゴルフカートくらいの大きさをもつ。質量は約350kgになるという。
車体には、大きく4つの観測機器を装備する。まず「NSS」と呼ばれる中性子分光計で、月の地下にある水素を検出し、水の在り処にあたりをつけ、採掘できそうな場所を探す。続いて出番となるのが、全長約1mのドリル「TRIDENT」で、NSSであたりをつけた場所を掘り、土壌のサンプルを採取する。
そして、そのサンプルを、近赤外線揮発性成分分光計「NIRVSS」と、質量分析計「MSolo」という2つの機器で分析。前者は、たとえば検出した水素が、いわゆる水(水分子)なのか、それともヒドロキシ基(1つの酸素原子と1つの水素原子から成り立っているもので、鉱物などにくっついた状態で存在)なのかといったことを調べる。後者はミネラルと揮発性成分を分析し、サンプルに含まれる元素を調べることを目的としている。
ヴァイパーはあらかじめ充電したバッテリーのみで動く。月の南極、とくに永久影の中は太陽光が当たらないことから、太陽電池が使えないためである。運用期間は約100日間が予定されている。
ちなみに、こうした事情から、技術的なハードルが高かったり、探査機の活動が大きく制限されたりするため、これまで月の南極に着陸した探査機はなく、成功すればヴァイパーが世界初となる。たとえば今年9月には、インドの月探査機「チャンドラヤーン2」の着陸機「ヴィクラム」が月の南極付近に着陸しようとして失敗に終わったが、あくまで南極付近(南緯70.9度)であり、南極点そのものではなかった。
ヴァイパーのプロジェクト・サイエンティストを務めるAnthony Colaprete氏は「ヴァイパーは、月で水にアクセスするため、どの場所が最も水の濃度が高く、どれくらい掘ればいいかを教えてくれます」と語っている。
打ち上げは2022年12月の予定で、打ち上げに使うロケットや、ヴァイパーを月面に降ろす着陸機は、民間企業が開発するものを使う。NASAはかねてより、月への物資や観測機器などを輸送を民間に委託する、「商業月ペイロード輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services)」、略して「CLPS」という計画を進めており、官民で役割分担をして月探査を行うことで、低コスト化や効率化を進めるとともに、民間による月のビジネス化を促進する狙いもある。NASAの月探査車の打ち上げに民間企業を使うというのは、まさにこのCLPSの意義や成果を発揮する機会となる。
なお、いまから3年後の2022年に打ち上げというのはかなり攻めたスケジュールだが、じつはもともとNASAでは、同じようなミッションを目指した「リソース・プロスペクター(Resource Prospector)」という探査車を開発していた。2018年に開発は中止されたものの、そのときの設計や、すでに開発が進んでいた機体や観測機器などを流用して組み立てることで、比較的短期間で開発が可能になったという。
ではなぜ、ヴァイパーはわずか3年という短期間で探査車を製造し、そして技術的ハードルの高い月の南極へ、水を探しに行こうとしているのだろうか。その背景には、月の水がまさに金や石油のような存在であり、そしてその水がなければ、これからの月探査計画が進められない事情がある。