2019年1月から8月にかけての半導体企業によるM&A(合併と買収)にかかった費用の総額が280億ドルに達し、これは2018年の通年総額を超えた規模である、との調査結果を半導体市場調査会社である米IC Insightsが発表した。

半導体企業のM&A案件は2015~2016年にかけて史上空前のブームが起こり、過去最高額を記録したのち、メモリバブルとなった2017~2018年に低調へと転じていた。2019年は1月~8月までの約20件のM&A契約を見ると、半導体企業全体あるいは事業単位、製品群単位の買収、製造ファブの買収、知的財産(IP)の購入などさまざまな形態をとっており、その総額280億ドルは過去3番目のM&A総額を記録した2017年の通年総額に匹敵する規模となっている。

  • IC Insights

    2014年~2019年(8月まで)の年間半導体企業M&A額(発表時点基準、単位:10億ドル)の推移。なお、青色斜線は、後日破談となったM&A契約額(中国政府の不許可によるQualcommのNXP Semiconductor買収破談など)を示す (出所:IC Insights)

今年のM&A傾向は急成長市場向け製品強化が中心

2019年のM&A傾向は、半導体サプライヤ各社が、2020年代に向けて自動運転車へのアプリケーションおよび高成長市場向けの製品を自社のポートフォリオに加えようという動きが目立つ。特にネットワークおよびワイヤレスICのM&A案件が顕著だとIC Insightsでは指摘している。

また、自社の事業の見直しを行い、焦点を当てるべき事業を選び、不要な事業を売却するといったケースも目立っているという。例えば、2019年7月にはIntelが携帯電話モデム事業をAppleに約10億ドルで売却した。Intelは、8年間にわたってモデム市場リーダーとしてのQualcommの座を奪おうと格闘したが、やはり本業のデータセントリックMPUに注力するため、モデム事業を手放すことにした。また、2019年5月、Marvellは17億ドルでWi-Fi関連ビジネスをNXP Semiconductorに売却すると発表した。同月、Marvellは、米GLOBALFOUNDRIESが子会社として分離させたASIC設計サービス会社「Avera Semiconductor」を6億5000万ドルで買収したほか、データセンターと関連するネットワークに重点を移すため、Multi-Gig Ethernetとネットワーキングコントローラサプライヤである米Aquantiaを4億5200万ドルで買収することを明らかにしている。こうした動きもあり、2019年1~8月にかけて行われた10件以上のM&A案件で10億ドル以上の買収額が提示されたという。

こうした勢いが続けば、年末にかけて何件のM&A案件が発表されるかを予測することは不可能であるが、M&A金額の総額は過去3番目に大きい年であった2017年を上回るのはほぼ確実といえるだろう。

なお、IC InsightsのM&Aリストには、半導体企業と事業単位、製品ライン、チップIP、およびウェハファブの購入契約は含まれているが、半導体企業によるソフトウェアおよびシステムレベルのビジネスの買収は除外されているほか、同様に買収リストには、半導体設備サプライヤ、材料メーカー、チップパッケージングおよびテスト会社、設計自動化ソフトウェア会社間の取引も含まれていない。

韓国メーカーによる半導体関連M&Aの動向に注目

今回のIC Insightsの報告では、韓国勢はM&Aに無縁であるが、昨今の情勢を鑑み、韓国勢は新たな技術獲得に向けた動きを見せている。例えばSamsung Electronicsは、メモリ事業だけではなく非メモリ事業でも2030年までに世界No.1を目指すという宣言を2019年春にしている。そのために2030年までに非メモリ事業に13兆円規模の投資を行うという。同社は、現在、車載や5G、AI、IoTなど急成長分野を強化しようとしており、買収先あるいは提携先を探しているともうわさされている。非メモリ事業強化は韓国政府の方針でもある。

一方のSK Hynixも、非メモリ事業強化のため、韓MagnaChip Semiconductorのファウンドリ事業(清州工場)の買収を検討してきた。MagnaChipは、Hynix(SK Hynixの前身)から2004年に分離独立したシステムLSIメーカーで、当時、経営破たん状態だったHynixがメモリ事業に集中するため手放し、現在は海外機関投資家が株式の8割を保有しており、売却先を探している。SK Hynixは、MagnaChipのファウンドリ事業買収の最有力候補と思われていたが、主軸のメモリ事業の業績悪化にともない、買収費用の負担が大きすぎるという判断から、最近買収を断念したと韓国メディアが伝えている。

ただし、韓国は現在、国を挙げて日本製の半導体材料・部品・装置に頼らない半導体製造エコシステムの構築を目指しており、今後、半導体メーカーだけではなく、周辺産業に関するM&Aが活発になる可能性があるといえる。IC InsightsのM&A統計は半導体デバイス関連に限られるため、表には出てこないが、すでに韓国唯一のシリコンウェハメーカーであるSK Siltronが米DupontのSiCウェハ製造事業を買収するなどの動きがでてきており、これがきっかけになって、一気にM&Aが加速する可能性もある。また、SiCは将来有望なパワー半導体向け基板として注目されており、大手半導体企業がSiC分野に参入したり、弱小のパワー半導体メーカーを買収するといった動きが次のM&Aの焦点の1つとなる可能性があるだろう。