完全自動運転を実現するために必要な要素

世界各地でありとあらゆる場所を自動で運転してくれるクルマ(完全自動運転車)の開発が進められているが、その実現にはクルマとクルマ(V2V)、クルマと信号機などのインフラが密接かつ高速に情報をやり取りする(V2I)必要がある。こういう話題になると、主にクルマ側の機能や性能がどうだ、という議論になりがちだが、クルマだけが進化しても、その情報をインフラ側とやりとりする役目を担う存在がいなければ、まったく意味がない話となる。そんな役割を担う存在が「路側機」だ。完全自動運転時代に向け、路側機の開発を進める京セラに、その必要性や技術動向について聞いた。

路側機はいわゆるV2I(Vehicle to Infrastructure)に位置づけられるもので、クルマと交差点に設置されたカメラ情報や信号機の情報をリンクさせる役割を担う。すでに700MHz帯高度道路交通システム(ARIB STD-T109)として2012年2月に国内標準通信規格として策定され、2015年よりDriving Safety Support Systems(DSSS:安全運転支援システム)として路側機と大手自動車メーカーの一部車種(オプション)が連携し、交差点を曲がった先の車やヒトの存在などをやり取りするというサービスが始まっているものの、こうした曲がった先の見えないところの様子をどうやって曲がる前に知るのか、といったことは、レベル3以上の自動運転車を実現するうえでは、重要な意味を持ってくる。

京セラで路側機の開発を担当する同社研究本部 通信インフラシステム研究開発部 第2開発部責任者の藤本忍氏は、「例えば信号機の色の変化1つとっても、イメージセンサで撮影しようと思うと、西日や濃霧、豪雨といった状況でかならずしも100%補足するとは限らない。しかし自動運転時代には、どこの信号が青にどれくらいのタイミングで青に切り替わるのか、といった情報を付近を走行している自動運転車が分からないと、より安全な環境を実現できない。そのために路側機という存在が必要になる」と路側機の必要性を説明する。

  • 路側機

    今回話を聞かせていただいた京セラの藤本氏。撮影場所は京セラ みなとみらいリサーチセンターに設けられた製品試作などを行う「クリエイティブファブ」

なぜ京セラが路側機を開発するのか

ここで1つ疑問となるのが、なぜ京セラが路側機の開発を行っているのか、という点だろう。同社はもともとPHSの基地局を開発していた。技術的にPHSの基地局と路側機は似た部分が多いことから、参入をしようとなったという。

同社の路側機の最大の特徴はPHS基地局時代から培ってきたアダプティブアレイ技術と、マルチプロトコルへの対応。アダプティブアレイ技術は、多くの通信端末から電波が同時に発せられると、複数の信号が混在して届くこととなるが、必要な信号はその中の1つであり、それ以外の干渉(ノイズ)を除去して、必要とする信号だけを抽出することを可能とするもの。また、指向制御により到達距離を伸ばせるので、路側機に活用した場合、まだ交差点に入ってくるかなり前から、交差点に侵入する自動車が存在していることを路側機が把握することで、別の道から交差点に入ってくるほかの自動運転車と連携をはかり、互いに協調させて、スムーズに行き来をさせる、といったことも可能だという。

一方のマルチプロトコル対応は、クルマに搭載される無線技術が何か1つに決まっていれば、問題はないが、実際には4G/LTE、ITS周波数帯(760MHz)、Wi-Fi、Bluetooth Low Energyなど、多岐にわたっており、クルマごとに対応する通信プロトコルが異なっている、という問題を、複数の通信方式に同時に接続することで、解決する技術であり、これによりクルマによって通信ができない、という課題を減らすことを可能としている。

実証実験を2018年末~2019年春に実施

実際に同社の路側機を用いた実証実験が2018年12月から2019年3月にかけて岩手県大船渡市にて行われた。路側機を用いて実施された実験は、「1台しか通れないBRT(バス・ラピッド・トランジット)専用道路(交互通行区間)の信号情報と自動運転バスの位置情報を路側機で連動させて、近い方のバス側の信号を青にして、遠い方を赤にすることで、交互に安全に通行ができるか」といったもので、通常は4本しか使わないアンテナを8本構成に変更。実際に使用したのは4本のアンテナだが、どういった組み合わせが一番飛距離を稼げるのか、といった試験も行われたという。

  • 路側機

    大船渡市で行われた自動運転バスを用いた実証実験で使われた路側機の制御部分。大きく見えるが、それはPoCとして作られているため。実際に商用化された場合は、小型化が求められることとなる (提供:京セラ)

結果として、組み合わせによっては、1本では250m程度の到達距離であったものが、4本では800mほどまで伸びたほか、受信感度も向上できることが判明。また、LTEと760MHzの2つの通信方式をテストし、それぞれの通信特性がどのようなもので、それぞれがどういう用途に向いているか、といったことの理解に繋がったという。「基本的に、路側機からは交差点の信号情報や危険情報を飛ばそうとしている。今後の使い方次第だが、BRTなどの走る場所が決まっているものであれば、信号の到達距離は遠ければ遠いほど良いというのが感想」(同)とのことで、さらなる技術的改良なども進めていきたいとする。

  • 路側機

    実証実験における制御機とアンテナの様子。アンテナは通常4本だが、クロスするように8本が立てられており、どういった組み合わせが一番特性が良くなるのか、といった実験も行われたという (提供:京セラ)

なお、同社としては、今後、自社・他社問わず、さまざまな場所で行われる実証実験に参加することで、同社の強みであるマルチプロトコル対応とアダプティブアレイ技術の理解を広く進めていくとする一方、国際的な潮流として5.9GHzを活用しようという動きがあることから、5Gを含め、そうしたこれまでとは異なる周波数への対応なども図っていくことで、来るべき高レベル自動運転社会における新規事業となるべく、アピールを続けていくとしている。

参考

・京セラ ニュースリリース 「「JR東日本管内のBRTにおけるバス自動運転の技術実証」の実施について」
・総務省 「周波数再編アクションプラン(平成30年11月改定版)」の公表
情報通信審議会 情報通信技術分科会(第125回) 資料
・総務省 79GHz帯等を用いた移動通信技術の国際標準化のための国際機関等との連絡調整事務 「周波数ひっ迫対策のための国際機関等との連絡調整事務 平成27年度終了案件 終了評価資料」
・新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成30年度成果報告書 「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第 2 期/自動運転(システムとサービスの拡張)/自動運転の実現に向けた信号情報提供技術等の高度化に係る調査」
・新エネルギー・産業技術総合開発機構 ニュースリリース「東京臨海部実証実験の参加者の決定 ―SIP「自動運転(システムとサービスの拡張)」―」
・京セラ 特許協力条約に基づいて公開された国際出願
・トヨタ自動車 九州電波協力会 講演会資料 「クルマとIT技術の連携と今後の展開 スマートモビリティ社会、その先へ」
・住友電工 技術論文集「SEIテクニカルレビュー 2014年1月号 No.184」