ストレスによる交感神経の緊張が乳がんを進行させる―。自律神経の1つである交感神経が、乳がん組織に入り込んでがんの進行や治療後の経過に深く関与している、と岡山大学や国立がん研究センターなどの共同研究グループが発表した。ストレスががんに悪影響を与えることを初めて医学的に明らかにした研究成果で、自律神経を操作する方法による新しい治療法の開発につながると期待される。論文は8日、英科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」電子版に掲載された。

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    ヒト乳がん組織内の交感神経線維とがん細胞(岡山大学・国立がん研究センター・東京医科大学・福島県立医科大学など研究グループ提供)

研究グループは、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の神谷厚範教授のほか、国立がん研究センター客員研究員で東京医科大学医学総合研究所の落谷孝広教授、同センター中央病院の下村昭彦医師、福島県立医科大学の小林和人教授や加藤成樹講師らがメンバー。

自律神経は、脳から循環器や消化器、呼吸器などの重要な臓器に電気信号の命令を出して臓器の働きを調節する神経。主に活動期に活発になる交感神経系と、逆に安静時に活発に働く副交感神経系からなり、この2系の神経バランスが心身の維持に大切とされる。また、ストレスに関連する自律神経の変化ががんに影響する可能性は示唆されていたが、がん組織に交換神経がどのように作用し、影響するかはよく分かっていなかった。

神谷教授や落合教授らは、国立がん研究センターで治療を受けた乳がん患者29人のがん組織を調べた。その結果、患者の乳がん組織内に交感神経が入り込んでいることを確認。さらにがん組織内の交感神経の密度が高い人は再発しやすいことが分かった。また、マウスに人の乳がん組織を移植し、乳がん組織内の交感神経を刺激し、刺激をしないマウスと比較した。すると、刺激したマウスのがん組織の大きさは60日後には約2倍になり、転移したがん組織も大きくなっていた。さらに、乳がんマウスに遺伝子治療操作をして交感神経の働きを抑えたところ、その後のがん組織の大きさは60日経ってもほとんど変わらず、転移もなかった。

研究グループによると、がんの治療には外科療法や抗がん剤などによる薬物治療、放射線治療のほか免疫療法もあるが、こうした従来の治療法では治療しにくい「治療抵抗性がん」も多い。このため今回の成果を生かし今後も研究を続けることにより、がん組織に分布する自律神経を遺伝子治療などで操作する神経医療が、新たながん治療戦略になる可能性がある、としている。

乳がんの罹患率は40代後半から50歳代前半がピーク。最新データによる10生存率は約84%で、早期(ステージ1)は約96%だが末期がん(ステージ4)では約16%と一気に下がる。このため発見が手遅れになると怖いが、早期に見つけ適切な治療をすれば生存率はきわめて高いとされる。

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