Top500の演算性能よりも実際のアプリ性能を優先
今年のISC19で発表されたTop500では、オークリッジ国立研究所(ORNL)の「Summit」が1位、ローレンスリバモア国立研究所(LLNL)の「Sierra」が2位、中国の「神威・太湖之光」が3位と順位の変動はなかった。
Top500のスパコンの性能ランキングは、High Performance Linpack(HPL)というプログラムを実行させ、その時の1秒間に実行される計算(足し算や掛け算)の数で行われている。
計算を行うには、計算を行う演算器が必要で、たくさんの高速な演算器をもてば性能があがる。しかし、計算を行うためには、足し算や掛け算を行う入力の2つの数値をメモリから読んでくる必要がある。また、計算結果をメモリに書き込んで、次の計算が行なえるようにすることも必要である。
HPLというプログラムは連立1次方程式を解くプログラムである。スパコンの能力が上がるに連れて、より未知数の多い連立1次方程式を解くようになり、Top500の1位のSummitでは1600万元を超える連立1次方程式を解いている。しかし、このような連立1次方程式を解く計算は、未知数の数が多くなるにつれて計算量は未知数の数の3乗で増えるのに対してメモリの読み書きの回数は2乗で増える。つまり、未知数の数が増えると、演算に比べてメモリアクセスの比率が小さくなっていく。
このため、Top500の上位を狙うだけなら、演算器を多くしてやれば、メモリの性能はそれほど高くなくても良い。しかし、実際に使用する多くのアプリケーションでは、メモリがネックになり、メモリからデータが届かないので演算器は遊んでしまうというものが多くなっている。
そこでポスト京スパコン「富岳」では、演算器にかけるお金を抑えメモリにお金をかけて、多くのアプリケーションで高い性能となるように設計している。つまり、富岳はTop10くらいには入るとしても、Top 1を目指してはいない設計である。その点から、タイトルではTop500に「さよなら」したと表現させていただいた。なお、富岳のHPL性能の登録は行われるであろうから、完全にTop500にさよならをすることにはならないと思われる。
この富岳スパコンについて、開発を行っているフラグシップ2020プロジェクトのアーキテクチャ開発チームのチームリーダである佐藤三久氏がISC19にて発表を行った。
フラグシップ2020プロジェクトでは、京コンピュータに続く日本のフラグシップスパコンを開発し、その上で動作する各種のアプリケーションを開発する。2014年から2020年の完成までの総予算は1100億円である。この予算は、スパコンハードウェアの開発、建造だけでなく、それを収容する建屋の整備、各種ソフトウェアやアプリケーションの開発費なども含んだ額である。
富岳スパコンの開発主体は理化学研究所(理研)で、ベンダーパートナとして富士通が製造などを請け負うという開発体制となっている。これは京コンピュータの時と同じである。
その開発工程を見ると、2019年の現状は設計と実装がほぼ終わりの段階にあり、2020年から2021年の前半で製造、設置、調整が行なわれる。そして、2021年中頃から運用に入るという予定になっている。
佐藤氏が示した富岳が狙う9種のターゲットアプリケーションの図は、どういう訳か渦巻状に番号が振られていたので、それに従うと、「創薬」、「遺伝子解析による個人に適合する予防薬の開発」、「地震や津波の防災」、「ビッグデータを使った環境変化の予測」、「高効率のエネルギー生成、変換、貯蔵」、「創造的なクリーンエネルギーシステム」、「高性能な機能デバイス」、「製造工業における創造的な設計」、「製造プロセス」、「宇宙の基本的な法則と宇宙の進化の研究」といったアプリケーションが開発される予定となっている。なお、それぞれの図の下側には、そのアプリケーションの開発を担当する研究機関が書かれていた。
また、これら9種に加えて、将来の探索課題として、「社会経済的挙動のインタラクティブなモデル」、「基礎科学の先端分野」、「第二の地球を探す系外惑星の形成と太陽系の惑星の環境変動」、「人間の思考や人工知能のニューラル回路のメカニズム」の4分野が選定されている。