経済産業省が2018年4月11日に「キャッシュレス・ビジョン」を公表するなど、今、日本は国を挙げてキャッシュレスを導入する動きが加速している。
今年10月1日には消費税が引き上げられることに伴い、政府はキャッシュレス・消費者還元事業として、店舗のキャッシュレス決済を支援するとともに、キャッシュレスでの支払いに対しポイント還元などを予定している。
そもそも、企業がキャッシュレスを導入するとどのようなメリットがあるのだろうか。ガートナー ジャパン リサーチ&アドバイザリ部門 CIOリサーチグループ バイスプレジデント アナリストの藤原恒夫氏に、海外および国内のキャッシュレス市場について話を聞いた。
日本でキャッシュレスが進まない2つの理由
開口一番、藤原氏は2024年度に新紙幣が発行されることを引き合いに出し、「海外に比べて日本はキャッシュレスが遅れていると言われていますが、新札が発行されることが明らかになっている以上、政府も中長期的にまだ日本では現金が使われると考えているのでしょう」と語った。
海外に足を運んだ人であれば、世界の中でもとりわけ日本はキャッシュレスが進んでいないことを体感しているのではないだろうか。実際、経済産業省が2018年4月に公開した「キャッシュレス・ビジョン」では、先進国の中でキャッシュレスが進んでいないという調査結果が示されている。
藤原氏は日本でキャッシュレス導入を阻害している要因を2つ挙げた。1つは、JR東日本のSuicaなどの交通系ICカードだ。「ここまで利便性の高い交通系ICカードは他の国にはありません。鉄道やバスは割引された運賃で乗車できるうえ、日々の買い物の支払いの際も利用できます」と、藤原氏はいう。
もう1つは「円」の信頼性が高いことだ。それゆえ、日本人は円に対する執着も強いのだという。藤原氏は、「ヨーロッパはユーロの登場によって変わりました」と指摘する。EU圏ほぼ全体の通貨であるユーロが流通したことで、ドイツ以外の国では自国の通貨に対するこだわりがクレジットカードの出現やキャッシュレス決済とともに消えていった。
中国にキャッチアップする立場に置かれた日本
藤原氏は「Amazon Go」を例に挙げ、いかにキャッシュレスが便利であり、企業がキャッシュレスを導入すべきかについて説明した。
「Amazon Go」とは、Amazonが2018年1月22日に米国にオープンした、レジがない無人のコンビニエンスストアだ。買い物客は専用アプリを用いて本人認証を行って入店し、欲しいものを選んだら、レジで精算することなく買い物を終えることができる。商品にはセンサーが付いており、店舗側では商品を棚から取り出した時、棚に戻した時を自動で検出して、アプリにひもづいたAmazonのアカウントに対し請求を行う。
日本のビジネス街にあるコンビニエンスストアは昼食時にズラリと行列ができることがあるが、Amazon Goなら行列に並ぶことなく買い物を済ませることができるだろう。
先に紹介したグラフからもわかるが、中国はキャッシュレスが進んでいる。その理由について、「中国の通貨は信頼性が低いため、欧米のクレジットカード会社から信用されておらず、クレジットカードを作ることが難しい。そこで、欧米のクレジットカードを使わずに、自国でモバイル決済を行う仕組みが生まれたのです」と藤原氏は説明する。それが、AlipayやTencentだ。
つまり、キャッシュレス市場において、日本は中国を追う立場にある。「日本が追う立場にあるのはキャッシュレスだけじゃない。スマートフォン市場もです」と、藤原氏は日本の産業に対する危機感を示す。
日本と比べ、中国は人口が多い分、優秀な人の数も多く、さらに意思決定が早いという。「日本は新しいことに対し、リスクがあるととらえる。それが、イノベーションを阻害しています」と藤原氏。スピード感をもってイノベーションを進めている中国に比べ、日本は後れを取っていると言える。
キャッシュレスで顧客の囲い込みに成功しているスターバックス
藤原氏は、キャッシュレスの要素の中でも「ポイントは簡単に導入できるすぐれた仕組み」と話し、ポイントで成功している企業として、スターバックスを挙げた。
スターバックスは「スターバックス カード」というプリペイドカードを発行している。スマートフォンに専用アプリをインストールして使う「モバイル スターバックス カード」であれば、商品購入時はスマートフォンで決済できる。
eMarketerが2018年に発表した調査結果によると、米国の店頭支払いにおけるモバイル決済の利用ユーザー数はApple Payを押さえ、スターバックスが第1位だったという。その理由は、ロイヤルカスタマーが多いからと言われている。
スターバックス カードのリワードプログラム「Starbucks Rewards」では、モバイル決済をすると金額に応じてポイントが貯まり、貯まったポイントはドリンクやフードが無料になるなどの特典がある。
藤原氏は、スターバックスのポイント制度の注目すべき点として、「スターバックス カード」が発行した国でしか利用できず、「Starbucks Rewards」で貯まったポイントもスターバックスでしか使えないことを挙げる。それゆえ、スターバックス カードの利用者は貯まったポイントを使うために、ますますスターバックスを利用するというわけだ。
さらに、スターバックスはアプリを通じて顧客に関するさまざまなデータを入手することができ、マーケティング活動に生かすことができる。
「スターバックス カード」は顧客の利便性の向上とともに、顧客の囲い込みと購買記録の入手に貢献している。キャッシュレス決済の成功例と言えるだろう。
ちなみに、スターバックスは全店舗で「LINE Pay」を導入していくこと、2019年中に「モバイルオーダー&ペイ」を国内でも提供していくことを発表している。
また、藤原氏は、アメリカのスーパーマーケットWalmartの例を紹介した。Walmartではキャッシュレスとセルフサービスレジの出現によって仕事がなくなったレジ要員を店内の顧客サービス担当に回しているという。
アメリカのスーパーマーケットは広大であり、時間をかけずに自分が買いたいものを全て見つけるのは至難の業だ。そこで、Walmartではオンラインで注文を行い決済もクレジットカードで終えておくと、指定した時間にピックアップエリアに行けば車に乗ったまま注文した商品をそこで店員から受け取ることができるそうだ。
Walmartの例は、人手不足を解消するとともに、顧客の満足度を向上したよい例と言えるだろう。
このように、米国ではキャッシュレスを取り入れることで、デジタルマーケティング、人手不足の解消、顧客満足度の向上を実現している企業が出てきている。日本企業も追随しない理由はないだろう。