世界で進む金属3Dプリンタの活用
何かを作ろうと思ったときに、アイデアをすぐに具現化できる装置として3Dプリンタの活用が進んでいる。近年では、産業分野でも、従来のような試作品開発での適用のみならず、実際の量産への適用、といった動きもみられるようになってきた。
そうしたものづくり産業で活用される3Dプリンタ、中でも金属材料に対応するモデルへの注目の度合いが国内外で高まりを見せている。例えばゼネラル・エレクトリック(GE)は、ジェットエンジンの燃料ノズルの量産に活用しており、一体成型による部品数の低減と靭性の向上、コスト低減といったさまざまな効果を得ているという。
そんなメリットばかりの金属3Dプリンタだが、課題はコスト的に高い、という点である。量産向け金属3Dプリンタの多くは1億円を越えるほど高価で、ちょっと試しに導入してみよう、という気持ちでは決して利用することができない。
価格が高くて普及が進まないのであれば、先端技術を活用して安価に3D金属プリンタを提供できないか。そう考えたのが、日本の光学機器メーカーの雄、ニコンである。ムーアの法則にしたがって進化を続けてきた半導体は、いまや数nmという、原子数個分の配線を形成することが求められる世界に突入している。ニコンは、長きにわたって、そうした先端かつ、もっとも微細な回路を活用した量産製品を製造するための装置(露光装置)を手がけてきた。そうしたノウハウを横展開することで、金属3Dプリンタに対する導入ハードルを下げられるのではないか、そうした考えから、露光装置に携わるエンジニアたちを中心に、研究開発がスタート。2019年4月に光加工機「Lasermeister 100A」の発売にこぎつけることに成功した。
細部までこだわった光加工機
Lasermeister 100Aの開発コンセプトは「誰でも、手軽に、気軽に使える金属積層/加工機」。単純に3Dプリンタと語らないところに、Lasermeister 100Aの特徴、そして同社の自信のほどがうかがえる。
金属3Dプリンタの積層方式はパウダーベッド方式(Powder bed fusion)、メタルデポジッション方式(Metal deposition)、バインダージェッティング方式(Binder Jetting)、マテリアルジェッティング方式(Material Jetting)、マテリアルエクステンション方式(Material Extraction)などさまざまな方式が考案されているが、同社が採用したのは、メタルデポジッション方式の1種であるLMD(Laser Metal Deposition)方式。簡単に説明すると、対象に金属パウダを照射するのと同時にレーザーをあてて、金属パウダを溶かしながら造形をするという方式で、この光学系とレーザー系に露光装置で培ったノウハウを凝集することで、最大加工寸法297mm×210mm×200mmながら幅0.85m×奥行き0.75m×高さ1.7mというコンパクトかつ310kgという金属プリンタとしては小型軽量な筐体を実現することに成功した。
実はこのサイズと重量には大きな意味がある。幅0.85m、重量310kgというのは、ともに一般的なエレベータに載せることができるサイズ・重量であることを意識して決定された値なのである。既存の多くの金属3Dプリンタはその重さが故に工場の1階に場合によっては床の補強工事を行って設置され、その工事にまた数千万円単位での費用が発生するといったこともあるが、これだけの小型軽量を実現したLasermeister 100Aであれば、オフィスビルの上の階に持ち込んで、稼動させる、といったことも簡単にできるようになる(もちろん、排気のためのダクトなどの設置工事が別途必要になるので、単に入れればOKというわけではないことに注意が必要である)。
しかも値段も標準価格で3000万円と安価に設定された。同社の調査では、高コストの理由は光学部品(レンズ)とレーザーであり、レンズについては独自の光学設計により性能を維持しつつ、極限まで小型化を図ることに成功。小型軽量のレンズとなったため、駆動系などもシンプルな機構にできたことが小型・軽量化の鍵となったという。一方のレーザーも空冷式にこだわって、かつ冷却機構を限りなく簡素化した半導体レーザーの直接照射方式とすることで、低価格化と高品質化の両立を実現したという。
こうして出来たLasermeister 100Aは、単に積層するだけではなく、既存部品との接合や、サポート材なしの曲がりくねった配管の形成、マーキング、研磨といったさまざまな用途に活用できることから、単なる金属3Dプリンタではなく、光加工機、という名称が与えられることとなった。
また、そのこだわりは、加工部分に留まらない。例えば金属パウダーの供給機も独自設計を行い、加工機と一体化することで、従来、LMD方式で起こっていた粉体の供給量の乱れを抑制、垂れや欠けの発生を抑え、高精度形成を可能としたほか、造形物の形状により、レーザーの熱が溜まりやすいところ、溜まりにくいところが生じ、金属パウダーの供給バランスの乱れから造形精度が落ちるという課題に対し、3Dモデル上で利用できる熱の解析シミュレーションも独自に開発。あらかじめ造形前に熱分布が一定になるように計算して、均一化を図ることで高精度な造形を可能とした。ちなみにこちらのシミュレーションは有償オプションでの提供になるという。
さらに、既存部品との接合の場合、位置あわせを間違えれば、望まないところにて接合が実行されることとなる。ここも光学機器メーカーならではのノウハウである、カメラを使った3次元的な位置測定技術を活用することで、接合位置決め精度を向上させたという。
こうした位置決め精度、レンズ、レーザーなどの技術はまさに露光装置に活用されてきた技術の応用である。例えば光加工機における位置決め精度は数百ミクロンのオーダーとのことであるが、現在の最先端の露光機に求められる位置あわせ精度は数ナノオーダーであり、そうして培われてきた技術があったからこそ、実現できた精度と言える。