中国科学院国家天文台は2019年5月16日、月の裏側で活動中の探査機「嫦娥四号」と探査車「玉兎二号」が、地殻の下にある岩石の層「マントル」由来と思われる岩石を発見したと発表した。初期観測結果の論文は、同日発行の論文誌「Nature」に掲載された。
嫦娥四号が探査している、月の裏側の「南極エイトケン盆地」は、かつて巨大な天体が衝突したできたクレーターで、その衝撃でマントルが表面に露出し、地中を掘らずともマントルの物質を調べることができると考えられている。探査はまだ始まったばかりであり、今後のさらなる探査やデータの分析に大きな期待が集まっている。
月にマグマ・オーシャンはあったのか?
嫦娥四号は、中国が2018年12月に打ち上げた月探査機で、今年1月3日に、月の裏側にある南極エイトケン盆地内の「フォン・カルマン・クレーター」への着陸に成功。搭載していた探査車の玉兎二号とともに、いまも探査活動を続けている。
これまで数多くの月探査機が打ち上げられてきたが、月の裏側に着陸した探査機はなく、嫦娥四号が史上初めてとなった。
月は自転周期と公転周期が同じで、地球に対してつねに同じ面を向けている。この面のことを月の表側といい、その反対側の、地球から決して見えない面を裏側と呼ぶ。
月の表と裏にはいくつかの違いがあることがわかっており、たとえば玄武岩に覆われた「海」の領域が、月の表側には30%ほどあるものの、裏側には2%ほどしかない。また、表側の地殻の厚さは平均60kmほどなのに対して、裏側は平均68kmほど、最大で100km以上もある。
嫦娥四号は、裏側に着陸して直接探査することで、表側との違いや、その違いが生まれた理由、さらに内部構造や、月の起源や進化の歴史などに迫ることができると期待されている。
そうした月をめぐる謎のひとつが、「月に『マグマ・オーシャン』はあったのか?」という問題である。
1970年代、誕生した直後の月の表面は、マグマ・オーシャンと呼ばれるマグマの海で覆われていたという仮説が立ち上がった。このマグマ・オーシャンが冷えて固まり始めると、玄武岩のような軽い鉱物は上に浮かび上がっていまの地殻になり、逆に、かんらん石や輝石のような重い鉱物は深く沈んでいき、地殻の下にある岩石の層「マントル」が形成されたと考えられている。
もし月のマントルを調べることができれば、月にマグマ・オーシャンがあったかどうか、また、それがどのような進化をしてきたのかといったことを調べることができる。そのためには、月の地下深くに潜り、マントルをサンプリングする必要があるが、いまの技術では不可能である。
ところが、じつは月の裏側に、それが簡単に調べられるかもしれない場所がある。それが、嫦娥四号が着陸した南極エイトケン盆地である。
南極エイトケン盆地は、いまから約39億年前に巨大な天体が衝突してできたと考えられており、深さ約13km、直径約2500kmと、月の中で最大、また太陽系の天体の中でも最大級のクレーターである。月の南緯15度から南極にわたって広がっていることから、この名がついている。
そして、この南極エイトケン盆地が形成されたとき、その衝撃によって月のマントルが掘り起こされ、表面に露出した状態で固まったと考えられている。
つまり、南極エイトケン盆地の地表を調べれば、月の内部を調べるのと同じ結果が得られる可能性がある。実際、これまでの月を周回する探査機による観測からも、この盆地が他の領域よりも、地球の上部マントルにもある有色鉱物(かんらん石や鉄など)の含有量が多いことが示唆されている。
今回、中国科学院国家天文台の李春来氏が率いる研究チームは、玉兎二号に搭載されている可視近赤外線分光光度計で測定した、2か所のサンプルのデータを分析した。
研究チームは当初、地球の上部マントルにはかんらん石が豊富にあることから、月のマントルもかんらん石に富んでおり、そして前述の経緯から、南極エイトケン盆地にも豊富にあるものと期待していた。しかし、1か所目ではわずかにしか見つからかったという。
李氏は「南極エイトケン盆地にかんらん石が豊富に存在しないことは、大きな謎です」と語る。
ただ、2か所目のサンプルを調べたところ、かんらん石の量がやや多く含まれていることが判明。このサンプルは、嫦娥四号が着陸したフォン・カルマン・クレーターに隣接する、「フィンセン・クレーター」が生成された際に、南極エイトケン盆地の地殻、すなわち盆地ができる前はマントルだった部分が掘り起こされて飛んできたものと考えられるとし、1か所目よりも、マントル由来のものである可能性がより高いとしている。
研究チームでは、南極エイトケン盆地の地質をより深く理解するため、さらなる探査を行う必要があるとし、また最初のデータを検証するために、より多くのデータを集める必要があるとしている。また、南極エイトケン盆地からのサンプル・リターンの可能性についても探るという。
研究チームはまた、地球と月は同じ物質から形成されたとする「ジャイアント・インパクト」説が有力であること、また月の表面は大気がほとんどないため、大気のある地球と比べ、昔の状態が比較的よく残っていることから、月の進化についての理解を深めることは、地球や、さらに他の地球型惑星の進化について洞察を深めることにもなるだろうとしている。
出典
・China's Chang'E 4 mission discovered new "secrets" from far side of the moon----National Astronomical Observatories, Chinese Academy of Sciences
・Chang’E-4 initial spectroscopic identification of lunar far-side mantle-derived materials | Nature
・http://www.clep.org.cn/n5982341/c6806330/content.html
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info