雲は、小さな水滴や氷の粒の集まりだ。気温が下がると、空気に含みきれなくなった水蒸気が水滴や「氷晶」に姿を変える。氷晶は氷の粒で、気温が0度より低いときにできる。上空の気温が0度より低いところでは、氷晶と、温度が0度より低いのに凍っていない「過冷却水滴」がまじっている。過冷却水滴が氷晶にぶつかると、すぐに凍って氷晶にくっつく。こうして氷晶は成長する。大きくなると落下し始める。
氷晶の中心には、ほとんどの場合、「氷晶核」とよばれる粒子がある。鉱物の微粒子や生き物がつくるタンパク質などだ。この氷晶核のまわりに水分がくっついて氷晶になる。大気中には、こうした微粒子がたくさん漂っていて、まとめてエーロゾル(エアロゾル)とよばれている。海のしぶきが蒸発してできた塩の粒、ものが燃えて出たすす、工場から出た硫酸、硝酸の成分が変化したものなど、多くの種類がある。
エーロゾルは、気象や気候に大きな影響を与える。太陽からの光を反射して地表に届く量を減らしたり、雲をつくる水滴の中心になる「凝結核」や氷晶核として働いたりして、雲の量や性質を変えるからだ。雲のでき具合は、気象や気候への影響が大きいわりには、未解明の部分が多い。国立極地研究所の當房豊(とうぼう ゆたか)助教らの研究グループが取り組んだのは、北極圏の雲を効果的につくっているのは、どのようなエーロゾルなのかという問題だ。
地球温暖化で昇温幅が大きいのは、北極圏など高緯度の地域だ。北極圏の陸地は広く雪や氷に覆われている。温暖化で雪や氷が解けて地面が現れれば、そこから土ぼこりのようなエーロゾルがたくさん宙に舞うことも予想される。雲がたくさんできれば、昇温の度合いも違ってくるかもしれない。北極圏の土ぼこりは、雲の生成にどれくらい効果的に働くものなのか。
北極海に浮かぶノルウェーのスバルバル諸島では、夏になると氷河が後退し、その前面に地面が現れる。その土砂には、氷河がゆっくり流れ下るとき地面が削られてできた微粒子が、たくさん含まれている。この微粒子が、氷晶をどれだけ効果的につくる能力を持っているかを、當房さんらは調べた。
氷晶をつくる効果が高い氷晶核としては、生き物に由来するタンパク質の微粒子が従来から知られている。スバルバル諸島の地面から採取した微粒子を水滴にまぜて冷やしていくと、マイナス5度くらいで凍り始めることがわかった。タンパク質粒子に匹敵する効果の高さだ。そして、この微粒子を過酸化水素水で洗って生物成分を取り除くと、鉱物粒子だけの氷晶核とほとんど同じ効果になった。つまり、スバルバル諸島の地面から採取した微粒子は、鉱物粒子が基本ではあるが、そこになんらかの生物由来の成分が加わって、氷晶核としての高い能力を得ている可能性がある。この成分の正体は、まだわかっていない。
また、実際に現地の大気を集めて調べたところ、大気中を漂う氷晶核の数は、陸地が氷雪に覆われている冬季(3月)は海上と同程度だが、地面が露出する夏季(7月)にはけた違いに多くなっていた。この夏季の氷晶核は、スバルバル諸島やグリーンランドなど高緯度の陸域で発生しているようだという。
まとめると、こういうことだ。北緯約80度の高緯度にあるスバルバル諸島では、夏季に氷河が後退して地面が露出し、雲の氷晶をつくる大気中の氷晶核が冬季とはけた違いに増える。その氷晶核には生物由来の物質が含まれていて、氷晶をつくる能力がとても高い。
當房さんによると、北極圏の大気中に漂う氷晶核は、中低緯度の砂漠などから運ばれてきたり、近くの海から生物由来の物質としてもたらされたりすると考えられてきた。この研究で明らかになったのは、少なくとも夏季にできる北極圏の雲には、氷雪が解けてあらわになった地面から舞い上がる土ぼこりが、かなりの影響を与えている可能性があるということだ。
氷晶核としての能力を問うこの研究で対象とした地域はスバルバル諸島だけだが、北極圏の他の地域でも夏季に大気中のちりが増えるという報告は、これまでにもあるという。大気汚染物質でもある大気中のエーロゾルは、太陽光を反射したり雲ができやすくしたりすることで、気候の変化に大きく影響する。身近で興味深い研究分野だ。
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