人がなにか体を使った作業を共同で行うとき、参加人数は多いほうがいいのか、少ないほうがいいのか。重いテーブルを一緒に運んだり、古くはピラミッド建設のために巨大な石を動かしたり。「三人寄れば文殊の知恵」ともいうし、逆に「船頭多くして船山に上る」ともいう。かかわっている一人ひとりの仕事の出来は、みんなでやることでよくなるのだろうか。
東京工業大学の髙木敦士(たかぎ あつし)特任助教らの最近の研究によると、ひとつの作業を複数のメンバーが共同で行うと、「1+1」は2ではなく、どうもそれ以上になるらしい。より正確には、たとえ自分より作業が下手な人がメンバーにいても、上手な人の出来は悪くならず、下手な人の出来はよくなる。その結果、各メンバーの平均的な出来がよくなるのだという。
髙木さんらは、こんな実験を行った。モニター画面上に、小さな五つの点がある。この5点は、互いにあまり遠くに離れることなく、集団で画面上を逃げ回る。それを被験者が、よくゲームで使われる棒のような「ジョイスティック」型のコントローラーを使い、画面上で追いかける。この人が画面上でどれくらい集団から離れずに追いかけられるかで、その得点が決まる。
髙木さんらの実験では、これを複数の被験者が共同で行う。たとえば、Aさん以外の被験者が3人いる場合。4人は自分のモニター画面で同じ点を見ている。Aさんのコントローラーには、他の3人からの力が伝えられている。もしAさんが他の3人よりこの作業が上手だとすれば、他の3人の画面上の位置は、きっとAさんより点の集団から遠い。そうなったとき、Aさんのコントローラーには、Aさんが点の集団に近づこうとするのを邪魔するような、後ろ向きの力が加わることになる。具体的には、他の3人の平均的な位置の方向にAさんを引っ張る力が、Aさんのコントローラーには加わっている。たとえていえば、重い机を4人で持ち上げて狭いドアから外に出そうとするとき、上手なAさんは巧みに方向を決めて進もうとしているのに、下手な3人からの力が合わさってAさんを邪魔しているという状況だ。この実験を、1回15秒で何回も繰り返す。そして各人の得点、つまり、各人がどれだけ点の集団から離れずにいられるかを測定した。
その結果、意外なことに、上手なAさんの得点はほとんど下がらなかった。一方で、Aさんより下手な他のメンバーの得点は上がり、全体としての平均点は、メンバーの数が2人、3人、4人と増えるほど高くなった。メンバーの技量が不ぞろいでも、各人の平均点はメンバーの数が増えるほど上がるのだ。他のメンバーの力具合をつねに感じながら共同作業を進めると、「船頭多くして船山に上る」にはならないらしいのだ。
面白いのは、Aさんに伝わっている「他人の力」はひとつだけである点だ。つまり、自分以外の被験者が2人であろうと3人であろうと、Aさんのコントローラーに伝わっているのは「平均的な力」がひとつだけだ。Aさんは、「これはBさんの力」「いまのはCさんの力」というように個別の力を感じているわけではない。それなのに、自分以外の参加者が多い方が、メンバーの平均的な得点は上がる。少数の他人によるひとつの力より、多数の他人によるひとつの力のほうが、おなじ「ひとつの力」でも各人の平均的なパフォーマンスが高まるわけだ。
さらに、メンバー内での力の伝わり具合と得点の関係をコンピューターによるシミュレーションで分析したところ、たとえばAさんは、他の3人から受ける力を、自分の動きを妨げるたんなる「力」として感じているのではなく、点の集団の動きを予測する際の補助的な情報として利用しているようなのだ。実験開始からわずか7秒後には、この情報を9割がた有効に利用できていた。
テーブルを動かすとき、「もうちょっと右」「あっ、だめだめそっちじゃ」と声を掛けあうなら、人数が多ければ多いほど調整は難しくなるはずだ。ところが、力加減を感じあう肉体的なコミュニケーションだと、その調整はあっという間に終わり、しかも、人数が増えても難しくならない。それどころか、今回の実験の範囲では、人数が増すとパフォーマンスは向上した。船頭が多ければ多いほど、船は山に上らず、より的確に水面を進むのか。なんとも不思議な話だ。