数百年前、ほとんどの人々にはリテラシー(読解記述力)がなかった。印刷機の発明によって多くの人が印刷物を手にできるようになり、その結果、多くの人々の読解力が向上した。しかし、リテラシーが浸透したのは書物が一般に入手できるようになってからである。
同様の変革がデータ分析の世界でも起こりつつある。リテラシーとは書かれた言葉から情報を得る能力だが、それと同じように、データから意味のある情報を得る能力がデータリテラシーである。
過去数十年にわたり、企業データにアクセスして利用できるのはデータアナリストのみだった。データアナリストは門番のような存在であり、データの利用を希望する社内の人々は誰もがデータアナリストに依頼する必要があった。
しかし、組織が自社の膨大な量のデータに価値を認める今のデジタル時代においては、モダンビジネスインテリジェンス(BI)ツールを利用できる人々が組織内で増えたことと相まって、データ分析はスペシャリストが占有するものではなくなっている。
リテラシーの次の段階への備えはできているか?
日本政府は、多様な知識や情報が共有されて新たな価値を生み出すことで社会の課題を解決し、成長戦略を支える「Society 5.0」を提唱している 。Society 5.0では、AIやRPAなどの技術を用いてデータからより深いインサイトを得て、社会的課題と経済発展を両立し、人間中心の社会を実現する。
このような技術はデータにより深く入り込み、企業での意思決定に大きな影響を与え、日本がSociety 5.0の目標に近づけるような革新的なサービスを創り出す。そのため、検証的思考、コミュニケーション、創造性や好奇心などのスキルに対するニーズが高まっており、ソフトスキルはデータリテラシーや分析能力において重要な役割を果たす。
今よりもさらに多くの人々がデータを使いこなせるようになるデータリテラシーを身につければ、あらゆる分野で事業拡大ならびに新たな価値の創出が期待できる。例えば、気象情報を提供するウェザーニュースは、AIとビッグデータを使ってゲリラ豪雨など急な気象の変化に対しても精度の高い予報を実現している。
しかし、この歩みはまだ始まったばかりだ。データ利活用は企業競争力に直結するという調査結果があるが、日本企業においてはデータを利活用しているとするCEOの割合が海外と比較すると少なくなっている(経済産業省「データ利活用をめぐる現状と課題」)。また、経営層の9割がデータ活用度や環境について改善の必要性を感じているとの報告もある。
データリテラシーは ITスペシャリストだけのものではない
一般に考えられていることとは異なり、データスキルとして重要なモノは計算や統計に限らず、またテクノロジーがその本質にあるわけでもない。データの利用法はさまざまであり、誰もがデータサイエンティストである必要はないのだ。
シェイクスピアにならなくても文章を書けるように、ITのエキスパートでなくてもデータは分析できる。データリテラシーとは、データの妥当性について、データがどのように収集されたのか、データは信頼できるのか、どのように分析すれば組織の利益に貢献できるのかといった、適切な質問ができることを指す。分析を成功させるには批判的思考が重要である。
リテラシーにはコミュニケーションも必要である。それは、1人や1部門しかデータに価値を認めなければ、そのデータは無価値になってしまう可能性があるためだ。また、データから引き出したインサイトを用いてインパクトを生み出すには、組織内の人々や関係者から賛同を得なければならない場合もあるだろう。そのため、人々に理解してもらえるシンプルで視覚に訴える形でインサイトを伝えられるようにする、ストーリーテリングやデザインなどのスキルの重要性が高まっている。
今後ますます、データを作成する人もあれば、利用するのみの人もいるなど、さまざまな方法で、あらゆる人々がデータを扱うようになる。したがって、スキル要件は組織内でもさまざまとなり、データを作成する担当者には技術的なスキルが、また利用する人々には分析スキルが求められるようになるだろう。
そして、データに対して批判的思考を働かせ、データを使ってストーリーテリングを行うには、データスキルが欠かせなくなる。実際に、ガートナーは、組織の80%がデータリテラシーの面で、2020年までにコンピテンシープログラムを導入するだろうと予測している(Gartner, How data and analytics leaders learn to master information as a second language, 5 Mar 2018)。
データを解釈する能力を持っているか?
データリテラシーが不十分な場合、組織内でコミュニケーションが効果的に行われていないことが原因となっていることが多い。次の2つの要素を同時に実現することで、組織は大きく前進できる。2つの要素とは、「経営陣の賛同」と「データを共通語として扱う戦略的コミットメント」である。
どのような新しい言語の習得にも、コミットメント、努力、時間が必要だ。そのため、社員に対し、データという新しいスキルの価値を認識し、学ぶ意欲を高め、絶えず実践するよう促す必要がある。
それにはまず、社員がデータへの信頼と好奇心を持ち、分析が必要な時はいつでもBIチームを頼りにするといった慣習を「捨て去る」ことである。それは、結局、新たな変革を受け入れるのに二の足を踏んでしまうことがあるためだ。また、リーダーたちも、あまりに多くの社員がデータを利用できる状況にした場合、不正利用や解釈の誤りが生じるのではないかと恐れることがある。
しかし、マインドセットを変えるための第一歩は、誰もがデータを利用できるようにすることである。社員がデータを解釈する能力を確実に身につけるには、現実的な質問を投げかけて答えを引き出すようになるとともに、ストーリーを最終的に他者に伝える前にデータを分析して解釈する方法を学び始めなければならない。
次の段階は目前に迫っている
データは1世代の間に、あらゆる人々にとって共通語となるだろう。データの価値を見出して得られたインサイトを共有する、すなわちデータという「言語」を解釈する能力を手に入れた人々が増えるにつれて、あらゆる人々が豊かに生活できる Society 5.0を日本は実現できるようになるだろう。
そして、この変革は公共部門と同様に民間部門にも関わる話である。官民一体となって取り組むことで、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる人間中心の豊かな社会、真のSociety 5.0を形成することができる。
著者プロフィール
佐藤 豊(Tableau Japan 株式会社 社長)
2013年、Tableau Japan株式会社に入社。エンタープライズ本部長を経て、2018年4月に社長に就任。
デル社、レッドハット社、F5ネットワーク社などIT業界で20年以上の経験を積む。あらゆる人があらゆるシーンで当たり前のように Tableau を使い、データと対話する世界の実現を目指す。