逃げる相手を襲って食べるタイプの魚には右利き、左利きの別が生まれる――。アフリカのタンガニーカ湖やマラウイ湖にすむシクリッドという魚の仲間を調べている富山大学の竹内勇一(たけうち ゆういち)助教らの研究グループが、こんな仮説を主張している。

竹内さんら富山大学、愛媛大学、龍谷大学、名古屋大学、マラウイ大学の国際研究グループは、マラウイ湖にいるシクリッドの一種を調べた。体長が10センチメートルほどのこの淡水魚は、他の魚の背後から忍び寄り、ひれを食いちぎって餌にする。「ゲンヨクロミス・メント」という学名がついているのだが、ここから先は「ヒレ食魚」とよぶことにしよう。そのヒレ食魚をマラウイ湖で採取し、餌をとるときの動きを水槽で高速度カメラなどを使って観察した。

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    写真 金魚(左)の尾びれに食いつくヒレ食魚のシクリッド。(竹内さんら研究グループ提供)

ヒレ食魚を泳がせている水槽に餌の金魚を入れると、ヒレ食魚は水槽の底をはうようにゆっくりと背後から忍び寄っていく。そして、金魚の尾びれにそっと近づき、頭を少し傾けて素早くかみつく。このとき、頭を左右どちらの向きに傾けるか、尾びれの右側からかみつくか左側からかみつくかがほぼ決まっている個体が多い。これが、ヒレ食魚の捕食行動にみられる「右利き」「左利き」だ。

観察した13匹のうち、半数以上の8匹にこの右利き、左利きがみられた。ひれに左からかみついた「左利き」行動の場合、下あごの左側が右側より少し大きくて口がやや右に曲がっている個体が多く、下あごの右側が大きいものはわずかだった。捕食行動の「左利き」は、下あごの左側が大きい形態の「左利き」と対応していたということだ。ただし、「左利き」の個体が、ふつうとは反対の右側からかみつこうとした場合でも、ひれに接触できる成功率には差がなかった。

竹内さんはかつて、他の魚のウロコを食べる「ペリソダス・ミクロレピス」というシクリッドも調べたことがある。タンガニーカ湖にすむこのシクリッドは、ヒレ食魚と同じように後ろから相手に近づいて、かみつく。その際に、やはり体の右側にかみつく「右利き」と左側にかみつく「左利き」とがいた。あごの大きさも左右で違っていて、その左右差は、ヒレ食魚の場合より明確に表れていた。

同じ仲間なのに、ヒレ食魚の左右差がウロコ食魚ほど顕著ではない理由について、竹内さんらは次のように考えている。ひとつは、尾びれは体の右でも左でもない体軸に沿った真ん中の位置にあるので、体の片側に回り込まなければならないウロコ食に比べて、動きを左右のどちらかに特化する必要性が薄いこと。もうひとつは、進化にかけられる時間の長さだ。タンガニーカ湖ができたのは、いまから1000万~1200万年前とみられている。一方のマラウイ湖ができたのは450万年前で、しかも160万年前にはほとんど干上がったことがあるらしい。マラウイ湖のヒレ食魚は、進化にかけてきた時間がまだ短いのかもしれない。

餌をとる際の動きには、ウロコを食べるピラニアの仲間、エビを食べるシクリッド、魚食性のブラックバスなどでも「右利き」「左利き」が報告されているという。そして竹内さんらが調べたウロコ食とヒレ食のシクリッド。食いつかれる相手も素早く逃げようとするから、それを餌にする側にも特別な工夫が必要になる。冒頭の「逃げる相手を襲って食べるタイプの魚には右利き、左利きの別が生まれる」という仮説は、その特別な工夫を指している。動物は、左右の両利きより左利き、右利きに特化したほうが、運動のパフォーマンスは上がるといわれている。

動物の「右利き」「左利き」については、まだよくわかっていないことが多い。「利き」のしくみは、脊椎動物で共通している可能性もあるという。元祖女性アイドルともいわれる麻丘めぐみが1973年に歌った「わたしの彼は左きき」。私の彼が左利きである理由にも、こうした研究で少しずつ近づいていけるのかもしれない。

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    図 金魚の尾びれに食いつこうとするヒレ食魚の動き。「右利き」の場合。(1)水槽の底を伝って背後からゆっくり接近(2)右に回り込んでスピードを上げる(3)頭を傾けて尾びれにかみつく(4)胴を左右にくねらせて(5)ひれをかみちぎる。(竹内さんら研究グループ提供)