スマートフォンや高速コンピューターなどの先端技術を使えば、大災害時に住民はどれくらいスムーズに避難できるようになるのか――。将来の津波災害から住民を守る次世代型の避難支援の可能性を探る実証実験が12月9日、川崎市で実施された。
川崎市は2017年から、東北大学災害科学国際研究所、東京大学地震研究所、富士通とともに「川崎臨海部におけるICT活用による津波被害軽減に向けた共同プロジェクト」を進めている。近い将来の発生が確実視されている南海トラフ巨大地震では、大津波が川崎市にも押し寄せると予想されている。1605年の「慶長地震」による大津波と同じタイプの津波が再来する可能性もある。この日の実験は共同プロジェクトの一環として行われた。
強い揺れで建物が壊れ、大津波で街の一部が浸水するという想定で行われた実験に、約90人の市民が参加した。スマートフォンに実験用のアプリをダウンロードしておき、参加者は表示される地図を見ながら避難する。道路が「津波の浸水」「火災」「建物の倒壊」などで通行不能になった場合を想定し、街の所々に「通行不能!住宅倒壊」などと書かれた表示板を掲げた担当者が立っている。ここに行き当たった参加者は、スマートフォンの画面にある「被災状況投稿」のボタンを押す。すると、その参加者の位置情報をもとに、どの道路が通行不能になっているのかが、他の参加者のスマートフォンにも通知される。
参加者は少人数のグループに分かれて、別々の地点から「避難場所」である新町小学校(川崎市川崎区渡田新町)を目指した。手元のスマートフォン画面には、通行不能を示す赤いバツ印が、街の地図の中にみるみる増えてくる。もうその道は使えないので、そこを避けて避難を続ける。
周りをバツ印に囲まれてしまい、新町小学校への道がはるか遠回りになる参加者もいた。バツ印のところへ行ってみたら、じつは通れるようになっていたこともあった。「お年寄りに使いこなせるだろうか」「せめて音声ガイドが必要だ」「情報の修正機能がほしい」などの声も参加者から聞かれた。
共同プロジェクトでは、このシステムがどれくらい避難行動を助けたのか、改善点はどこにあるのかといった点をこれから検討していく。今回は、小学校の学区くらいの範囲を対象に、実用化の可能性を探るための基礎的なデータを収集した。技術的には、大都市全体に対象を広げたり、避難者の位置情報をもとに、このままでは人が集中して危険になる場所を高速コンピューターで即時計算したり、バツ印をもとに自分で避難経路を考えるのではなく、カーナビのように最短時間で避難所にたどり着ける道を各人に対して表示することなども検討可能だという。
最近は、通信技術が高度化し、短時間に多量のデータを処理することもできるようになってきた。防災に使える技術は増えている。しかし、最先端の高度な技術でも、それが社会に受け入れられ、うまく避難に結びつかなければ役には立たない。避難するのは、あくまでも人なのだ。自然災害の危険にさらされている街は、もちろん川崎市だけではない。津波をはじめとする災害からの避難に現代のテクノロジーをどう生かせるのかを探る試みとして、この実証実験に注目したい。