ヒューレット パッカード エンタープライズ(HPE)は、同社と米国航空宇宙局(NASA)が進めてきた「Spaceborne Computer」プロジェクトの継続的な実験の一環として、国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士に対してハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)機能を継続して提供していくことを発表した。
Spaceborne Computerは、2017年8月に打ち上げられたHPE Apollo 40シリーズ2台で構成されたスーパーコンピュータ(スパコン)。ISSにて1年間の運用テストが行なわれてきた。
今回の発表は、Spaceborne Computerの1年間のミッションを通じて、無重力や予定外の停電、予測不可能な放射線レベルといった宇宙の過酷な条件に耐えられることが証明されたことを受けて決定されたもの。これにより、ISSの宇宙飛行士や研究者は、ISSでの実験データを地上に送ってもらったあとに解析を行なうのではなく、宇宙でダイレクトに解析を実施。その結果を次の研究にフィードバックするといったことが可能になる。
宇宙でスパコンが使えるメリットとは
HPEのHPC&AI バイスプレジデント 兼 チーフテクノロジーオフィサーであるDr. エンリン・ゴー(Eng Lim Goh)氏は、「我々の使命は、革新的技術の提供により、地球上か宇宙空間かを問わず、次のフロンティアの探求を促進し、これまで想像もしなかった画期的な発見を支援することです。Spaceborne Computerによる実験に成功することで、宇宙でのHPC機能をISSの研究者に提供することが可能となり、その可能性を継続的にテストしていくことで、宇宙探査を新たなレベルにまで押し上げていきます」と、今回の継続的な取り組みの実現に対する期待を述べる。
宇宙では、宇宙放射線などの影響による半導体素子の破壊やデータエラーの発生の可能性などを考慮し、これまでは、そうした環境に耐性が強い、いわゆる枯れたプロセスを用いた古い世代の半導体やコンピュータが用いられてきた。そのため、ISSのような低軌道での、しかも人間が介在する環境であればともかく、故障すれば、そのまま宇宙の彼方にロストする可能性のある惑星探査機のような宇宙機に高度なインテリジェンスを持たせることはかなりの挑戦となる。
例えば、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウへのタッチダウンに挑もうとしているが、地球との通信時間がかかるため、はやぶさ2自身が、搭載しているレーザーレンジファインダ(LRF)による機体の高度情報や地表との傾き情報などをもとに自己の判断で、実施しようとしている一方で、そのためのリハーサルはこれまでに3回(1回目は途中で中断)実施され、そのタッチダウン候補エリアの範囲の狭さ(直径20m)も相まって、年明けまでに再びリハーサルを行なうのか、これで行けるのか、といった判断を運用チームが行う予定となっている。
もし、これが乗組員を乗せた火星へ向けて航行する宇宙船であれば、事前に無人機を飛ばして、航路を確保する、ということはあっても、乗組員を乗せた状態での、飛来物を避けるといった状況に対して、リハーサルはありえず、より高度な状況判断を行なうための情報が必要となる。スパコンがその場で使えれば、そうした状況把握と最善手の導出に寄与することは間違いない。
HPEが宇宙飛行士に提供する価値
HPEでは、Spaceborne Computerを通じて、宇宙飛行士にHPCの機能を提供することで、以下のような方法で宇宙飛行士が自分たちで問題を解決できるよう支援していくという。
宇宙探査の解析結果を得るまでの時間短縮を加速
ISS内で高レベルのコンピューティングを行えるようにすることで、地球にある宇宙センターとのデータ通信の際に発生する遅延を低減しつつ、地球にある研究チームに依頼する代わりに宇宙船内で解析を行うためのコンピューティング機能も提供する。
宇宙の新たなフロンティアを実現
宇宙における現在のネットワーク回線容量は、大量のデータを地球との間で送受信するために消費されているが、宇宙空間でさまざまな処理が可能になれば、そうした回線容量を減らし、緊急通信などに回すことが可能になる。また、宇宙での通信の限界をテストすることで、火星やその先も含めた宇宙旅行の範囲が広がった際の通信遅延の誤差を低減することも可能になるとする。
AIを通じた発見の向上
HPEとNASAは、この宇宙の新たなフロンティアへのコンピューティング機能の提供により、AI(人工知能)と機械学習が提供する高度な解析を通じて、宇宙飛行士が独立性を高め、未知の謎の解明につながることを目指しているという。また、解析精度と処理速度を向上させることで、宇宙での新たな発見だけでなく、地球とそれを取り巻く環境の理解に向けた、科学的調査の推進にもつながる可能性があるとする。
なお、Spaceborne Computerは、市販のスパコンであり、Apollo 40シリーズの世代が更新されることで、容易に世代交代を図ることが可能となっている。そのため、今後、世代交代でパフォーマンスが向上すれば、そうしたスパコンと入れ替えることで、より高度な処理をISSで行なうことが可能になるという。