三菱重工業(MHI)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年10月29日、地球観測衛星「いぶき2号」を搭載した、H-IIAロケット40号機の打ち上げに成功した。「いぶき2号」は、人類にとって大きな問題になっている温室効果ガスを詳しく観測し、気候変動の研究や対策に役立てることを目指す。

また、ロケットの打ち上げ時の余剰能力を活かし、アラブ首長国連邦初の国産衛星「ハリーファサット」や、フィリピンや大学の衛星など、5機の小型衛星もともに打ち上げられ、すべて予定どおりの軌道に投入された。

  • H-IIAロケット40号機の打ち上げ

    「いぶき2号」など6機の衛星を載せたH-IIAロケット40号機の打ち上げ (C) JAXA

ロケットは10月29日13時8分(日本時間)、鹿児島県種子島にある種子島宇宙センターの吉信第1射点から離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約16分09秒後に「いぶき2号」を、また約24分15秒後にハリーファサットを分離。その後、残りの4機の小型衛星の分離にも成功した。

「いぶき2号」はその後、同日13時26分に地上で受信した信号から、太陽電池パドルの展開が正常に行われたことを確認。13時47分には、衛星の太陽捕捉制御(衛星を太陽の方向に向け、電力を確保するための制御)が正常に行われたことを確認したという。

その後、太陽電池パドルを展開したり、定常状態で使用する機器を立ち上げたり、また姿勢制御系を定常運用で使用する制御モードに移行したりする、「クリティカル運用」が行われ、30日の朝に無事に完了。今後は、衛星全体や観測センサーなどの搭載機器の機能確認を実施する「初期機能確認運用」を、約2.5か月かけて実施し、その後本格的な観測に移る予定となっている。

一方、ハリーファサットについても、14時33分に衛星からの信号を受信し、衛星に異常がないことを確認。今後、5日間かけて機器の検証などを行い、衛星からの画像取得を行うという。

また、大学などが開発した4機の小型衛星についても分離が確認され、それぞれ信号受信などに成功している。

H-IIAは今回が40機目の打ち上げとなり、また7号機以降、34機連続での成功。打ち上げ成功率は97.5%となった。

  • 製造中のH-IIAロケット40号機

    製造中のH-IIAロケット40号機。この機体が打ち上げられた (筆者撮影)

温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」

温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」は、環境省、国立環境研究所(NIES)、そしてJAXAの3機関が共同開発した地球観測衛星で、2009年に打ち上げられた「いぶき」の後継機にあたる。

「いぶき」は、気候変動(地球温暖化)の原因と言われている二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを、宇宙から正確に観測することを目的とした衛星で、温室効果ガス観測専用の衛星としては、当時世界で唯一の存在だった。

かねてより、人類にとって大きな問題となっている気候変動、そして温室効果ガス問題。その対策として、1997年の「京都議定書」で世界各国が温室効果ガスの排出量を削減することが定められ、さらに2016年の「パリ協定」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前の2℃未満に抑えるとともに、21世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標とすることが定められた。

しかしその一方で、地球の温室効果ガスの動向を、正確かつ継続的に調べる"ものさし"がなく、また各国の排出量を正確に把握したり、削減への取り組みを検証したりする術がなかった。そこで開発されたのが「いぶき」だった。

「いぶき」は設計寿命の5年を超えたいまも運用が続いており、日夜、二酸化炭素とメタンの観測を進めているほか、2017年6月には地球規模のメタン濃度の動向をまとめたデータを公開。またそのデータから、2017年の推定経年平均濃度(季節変動を取り除いた2年程度の平均濃度値)が、観測史上最高を記録したことが明らかになった。

今回打ち上げられた「いぶき2号」はその後継機で、より高性能な観測センサーを搭載し、温室効果ガスの観測精度を向上させ、気候変動対策に向けた国際的な取り組みに貢献することを目的に開発された。

  • 軌道上の「いぶき2号」の想像図

    軌道上の「いぶき2号」の想像図 (C) JAXA

たとえば、二酸化炭素とメタンの観測精度は「いぶき」の約8倍に向上したほか、新たに一酸化炭素の観測能力も追加。一酸化炭素は、人間活動から排出され、森林や生物活動からは排出されない。そのため二酸化炭素と組み合わせて観測することで、「人為起源」の二酸化炭素の排出量が推定できる。

また、特定の地点を重点的に観測する機能を強化し、工業地域や人口密集地域など、温室効果ガスを大量に排出していると考えられる地点を狙って、精度よく観測することができるという。

さらに、近年話題の「PM2.5」の濃度の推計に必要なデータも観測できるため、その飛来状況を、高い精度でなおかつ広範囲に渡り把握することもできると期待されている。

衛星の製造は三菱電機が担当した。寸法は5.8m×2.0m×2.1mで、太陽電池パドル展開時の翼長は16.5m。打ち上げ時の質量は約1800kg。設計寿命は5年が予定されている。

「いぶき2号」は、高度613kmの太陽同期準回帰軌道で運用される。この軌道は衛星に当たる太陽光の角度、また衛星が観測する際に地表に当たる太陽光の角度もつねにほぼ一定となり、なおかつ数日ごとに同じ地域の上空に戻ってくることができるという特徴をもち、地球観測に適している。「いぶき2号」の場合は、衛星が通過する直下の時刻(降交点地方時)は13時00分(±15分)、また同じ地域の上空に戻ってくる周期(回帰日数)は6日となっている。

  • 「いぶき2号」の想像図

    「いぶき2号」の想像図 (C) JAXA

なお、先代の「いぶき」もまだ稼働しているため、しばらくは同時運用による共同観測もできる。関係者は「『いぶき』と『いぶき2号』により、同衛星シリーズは世界初の温室効果ガス観測衛星コンステレーションになる」と意気込む。

また「いぶき」の打ち上げ後、2014年にはNASAが「OCO-2」を打ち上げ、また欧州は2019年ごろに「カーボンサット(Carbonsat)」の打ち上げを計画しているなど、世界各国でも温室効果ガス観測衛星の打ち上げが進みつつある。

JAXAでは「いぶき」や「いぶき2号」を、これら他国の衛星と連携させ、互いに観測データの校正や検証を行うことを計画。それにより、温室効果ガスの観測精度や気候変動への影響予測について、より信頼性や利便性を高めていくとしている。