SFの世界が現実味を帯びてきた現在
エンジニアや技術マニアにとって期待に胸が高鳴る時代の到来です。SF小説の中の概念でしかなかったアイデアが目に見える形になり始めています。
自動運転車など、注目を浴びる新しい技術の多くは5Gにより、何らかの形で実現の道を辿ります。しかし、SF的技術の最たるものは人工知能(AI)ではないでしょうか。ロボットが人間の代わりに私たちの相手をするようになり、それがホラー映画ともなれば、人類の破滅を招きます。
アニメ「宇宙家族ジェットソン」に出てくる家事ロボットのようなロボットが出現するのは何年も先の話かもしれません。しかし、5GとAIがその実現を早めてくれます。5GとAIは相互にとって有効であるだけでなく、運命共同体的な側面を持っています。5GはAIが正確に機能するために必要なインフラストラクチャと大量のデータを提供し、機械学習の進化を要とするAIは、5Gがもたらすカオスと複雑性を解明する能力をもたらします。
人工知能と5Gの関係性
明確に言うと、5Gは新しい技術ですが、AIはそうではありません。AIを作り出すために機械学習が使用する基本アルゴリズムには、過去30年間、さほど変化がありませんでした。バックプロパゲーションと呼ばれる概念は非常に簡単です。データとそれらに関連付けられた予測結果がプロセッサに入力されると、パターンが出力されます。プロセッサへの入力として使用されるデータと結果が多ければ多いほど、結果として出力されるパターンの確度が高くなります。機械学習は大量のデータを取り込んで成長し、5Gは大量のデータを生み出します。
5Gの決定的な特徴のひとつで、これまでの基準と大きく異なる点は、遅延の仕様があり、その目標が1ミリ秒だということです。GSMAIntelligenceによる以下の図は、セルラーネットワークに依存するさまざまなアプリケーションを視覚的に表したものです。グレー部分のアプリケーションは、厳しい遅延要件に加え、5Gによる実現が期待される非常に広い帯域幅と高いスループットの組み合わせを必要とするものです。
拡張現実(AR)のような一部のアプリケーションが非常に確定的な低遅延を必要とするのに対し、ストリーミングビデオや通話などはそのような要件を必要としません。低遅延かつ高い信頼性のある通信を実現するには、ネットワークトラフィックに適切な優先度を付けることが必須になります。
1つの物理的な共有ネットワークの上に、複数の仮想ネットワークがあるかのような使い方をする、ネットワークスライシングという考え方は、一般的なソリューションです。工場を例に挙げると、保証された遅延と信頼度を持つスライスに料金を払い、スマートマシンや工場設備を接続することができます。さらに、従業員が携帯電話やタブレットで通信するための別のスライスを保有することができます。通信可能な自動車であれば、全自動運転やその他の低遅延を必須とする機能用に1つのスライスを保有し、インフォテインメント用に別のスライスを保有できます。
ネットワークスライシングの課題点
ネットワークスライシングの評価が高いことは言うまでもありません。すでにある程度の規模で市場にも投入されて始めています。ただし、こういったタイプのサービスをネットワークプロバイダが提供するにはかなりの制約があります。
現在、これらのスライスはすべて手動で構成する必要があり、5Gが加わることによってネットワークがさらに複雑化すると、スライスの設定に必要な構成の量も増加することになります。AIはこうしたタスクに最適です。Huawei社キャリアビジネスグループの最高マーケティング責任者であるBobCai氏はこう述べています。「'インテリジェンス'とAIがネットワークの最適化を促進することで、バックエンドトラフィックはデバイスのニーズと構成に基づいて計画されます」。
すでに身近なものとなっているAI
AIは、5Gの他の局面にも登場します。AIはすでにスマートフォンやスマートデバイスを使った私たちの日常のやり取りの中で重要な役割を果たしています。Siri、Alexa、Googleアシスタントといった音声認識アシスタントはすでにAIを使用して、私たちのリクエストを処理し、最も妥当な答えを返します。しかし、こうしたツールを使用したことがある人なら誰でも、これらが完璧からは程遠いものであることを知っています。
Intel社データセンターグループのアナリティクスおよびAI担当チーフデータサイエンティストであるBobRogers氏は、5GをこれらのAIアシスタントが正しく機能するために欠いているものを与える手段として見なしています。欠いているものとはつまり状況認識です。これまでに言及したケースと同様、より多くのデータにアクセスし、それらのデータへのアクセス速度が現在のLTEネットワークで可能な速度をはるかに凌ぐことで、デバイスは周囲の状況をより理解できるようになります。
また、AIは、IoTと組み合わさったとき、注目に値するメリットを生み出します。接続されるデバイスの数が増えれば、人間の行動パターンに関するデータも増えて、機械学習が活用できるようになります。これを大規模に行えば、医学に革命を起こすことができます。医学研究は、長期間にわたって可能な限り多くの患者を追跡し、人生の選択、ライフスタイル、またはロケーションが長期的な健康にもたらし得る影響を解明しようと努めています。
将来のある時点において、人口の大部分がなんらかのスマートヘルスモニタを着用しているところを想像してみてください。データには、位置と時間を付加でき、クラウドへ送信して統合し、処理することができます。医療記録もAIによって処理できるようになれば、さまざまな運動方法と寿命の相関関係、さらに先には、特定の場所とがんの関係をなどを究明できます。
より単純な利用法としては、AIとヘルスモニタを使用して、患者をモニタリングし、病気の治療を勧めることができます。こうすることにより、症状がひどくなってから病院に行くのに比べて、より早期の段階で治療を開始できます。
5G+AIが生み出す新世界の課題
AIを使用した携帯電話ネットワークのスマート化と効率化は、ほぼ確実に起こります。ここで述べたその他のアプリケーションの一部にAIが使用されるかどうかは今後の課題です。こうした新しい技術の可能性は魅力的かつ待望されているものではあるものの、それに伴う費用は魅力的な金額ではないかも知れません。
最近になって、ユーザのプライバシーとデータの管理方法について大きな議論が起こりました。社会には個人データを収集する会社に対して一定の不信感が存在するものです。結果が望ましいものであるとしても、不正が起こる可能性は高いと言えます。悪用されることなく収集できる個人データまたは新しいビジネスモデルを保護するより良い方法を見つけることも、5Gを成功に導くために解決すべき重要な課題です。
5Gのおかげで実現可能なアプリケーションは数が多く、実際どれが実現されるのか予測するのは困難です。他の革新的な技術と同様、初期の段階で期待されるアプリケーションが必ずしも成功するものとは限らず、後からポッと生まれたアプリケーションが花を咲かせるかも知れません。
著者プロフィール
Sarah Yost(サラ・ヨスト)National Instruments
ミリ波通信関連製品プロダクトマーケティングマネジャー
NIにてソフトウェア無線(Software defined radio:SDR)のマーケティングマネジャーに従事。
NIのミリ波ハードウェア製品を管理するほか、5Gプロトタイピング、SDRのアウトバウンドマーケティングを担当しているほか、Ettus Researchの研究開発チームでの経験から、USRPにも精通している。
これまでの経歴では、主にワイヤレス通信におけるマイクロ波、ミリ波技術を扱ってきた。
電子工学の学士号を取得(テキサス工科大学卒)。