物質・材料研究機構(NIMS)は9月8日、経験をイオンや分子の濃度変化として記憶し、デバイス自ら迅速に意思決定を行う「意思決定イオニクスデバイス」を発明し、その動作実証に成功したと発表した。
今回の研究は、NIMSの国際ナノアーキテクトニクス研究拠点ナノイオニクスデバイスグループの土屋敬志 主任研究員、鶴岡徹 主幹研究員、金成主 NIMS特別研究員(現 慶應義塾大学 特任准教授)、寺部一弥グループリーダーと同研究拠点の青野正和エグゼクティブアドバイザーと共同で行われたもの。詳細は米国科学誌「Science Advances」オンライン版に掲載された。
同デバイスでは、過去の経験をコンピュータのメモリで蓄積する必要がなく、それに基づく意思決定のための計算処理も不要なため、状況変化に効率的に適応して判断できる。同デバイスの開発により、ソフトウェアの働きでデジタル情報処理する従来の人工知能(AI)システムと異なり、ハードウェアの物性を利用してアナログ情報処理を行う新しいAIシステムの開発が期待できる。
AIシステムの開発においては、高度なプログラムを用いながらコンピュータで計算処理を行うAI開発が精力的に進められている。しかし膨大な情報と高度なプログラム処理に基づいて判断するため、選択する課題が複雑化して情報量がさらに増加すると処理時間が長くなり消費電力も増加するという課題があった。
そこで研究グループは、固体電解質内の水素イオンの移動が引き起こす電気化学現象を利用して動作する意思決定イオニクスデバイスを開発した。
意思決定イオニクスデバイスの基本構造は、水素イオンを輸送することが可能なナフィオンと呼ばれる固体電解質に白金電極を取り付けた構造であり、同デバイスには電流を印可したり電圧を測ったりする電気測定部、およびその計測制御とデータ処理をするためのコンピュータが接続している。
このイオニクスデバイスにパルス電流(2Hz)を印可すると、電極界面ではナフィオン内の水素イオンの移動に伴う電気化学現象(電気二重層の充電、酸化還元反応など)が起こるため、水素イオンや分子(水素、酸素、水など)の濃度変化が生じることによるキャパシタや濃淡電池の作用により、回路開放時に電位差(電圧)が生じる。固体電解質内で生じるこの電気化学現象を利用することにより、迅速に学習して適切な判断をする機能をデバイスに持たせた。正しい判断を繰り返すことで、一方向に反応が進み、イオンや分子の濃度が偏り、その判断をしやすくなる。
この仕組みを用いて、無線通信において、混雑した通信ネットワークの状況変化に適応して通信量を最大化するための最適な通信チャネル(周波数帯域)を選択することに成功したほか、複数の利用者が互いにチャネルを譲り合って全体の通信量を最大化するという、より高度な問題においても最適なチャネルの選択が可能であることを確認したという。
今後について研究グループは、同成果をもとに微細加工技術による高性能・高集積化などを行い、通信ネットワーク問題だけでなく、製造、金融取引など、報酬確率が異なる複数の選択肢から利用を最大化する選択を行う複雑な問題の解決を目指すとするほか、同技術を応用し、生物のようにプログラムなしでも動作する新しい原理のAIシステム(人工脳)の開発へと発展させる予定だとしている。