人生、金があれば幸せってわけじゃない――。さんざん言い古されたこのせりふ、まさにそうだという気もするし、ちょっときれいごとすぎるような気もするし。収入が多ければ、はたして幸福感は増すのか。収入にかかわらず幸せな人がいるとしたら、それはどういう人なのか。この問題に、広島大学の杉浦義典(すぎうら よしのり)准教授らが取り組んだ。
これまでの研究では、収入が多いほど人の幸福感は増す傾向にあるとされてきた。ただし、収入と幸福感の関係はあまり強いものではなく、この傾向にあてはまらない人たちもたくさんいることがわかっていた。もしかすると、この傾向にあてはまる人とあてはまらない人がいて、それを一緒にまとめて調査するから、収入と幸福感の間には弱い関係しかみつからないのではないか。そう考えた杉浦さんらは、800人の日本人を対象にインターネット調査を行った。調査の対象は20歳から60歳までの社会人で、男女は半々。年収のほか幸福感の強さに関係する要素などを質問し、回答のあった734人について分析した。
そうしてわかったのは、年収の多少にかかわらず幸福感が高い人たちには、2通りのタイプがあることだ。まずひとつは「自分の体験を批判的にみない人」。自分の年収が低くても、年収が低いという現在の事実だけを客観的にとらえ、「だからダメなんだ」「幸せになれない」と自分を批判しない傾向をもつ人たちだ。「価値のある人間になるには、他人よりもっと稼がなきゃダメだ」とは考えない人でもある。かりに「年収が低いから幸せになれない」という考えが心に浮かんでも、「ああ、いまそんな考えが浮かんだんだな」と客観的な事実だけを認め、真に受けないようにする。このような人は、他人と優劣の比較をすることなく、自分を大切にできるのだそうだ。
もうひとつは「自分の体験を言葉で表現するのが得意な人」。これは、その場での自分の体験を丁寧にみつめる人だという。たとえば、スマホを片手に上の空で食事をするのではなく、料理の味や歯ごたえをじっくり感じ取ること。そうしたほうが、一般的にそこから得られる幸せが多いのだという。
興味深いのは、この2通りの人たちの場合、年収の多少と幸福感の間に関係がみられないことに加え、年収が多いほど幸せを感じているグループより、全体的に幸福を強く感じていた点だ。この調査でみるかぎり、年収の多少で幸福感が左右される人たちは、そうでない人たちに比べて幸福感で追いつけない。
この「自分の体験を批判的にみない」「自分の体験を言葉で表現するのが得意」という特徴は、心理学でいう「マインドフルネス」と関係が深い。マインドフルネスとは、いま現在の自分の状態に意識を向け、それを良い悪いなどと評価せず、ありのままにみる心の状態だという。収入の多少に関係なく幸福感が強かった人は、このマインドフルネスの高い人だったことになる。
人は、さまざまなことを考えて生活している。起きている時間の半分は、目の前のことと無関係な事柄について考えているという研究結果もあるそうだ。雑念だらけである。楽しかった夏休みを思い出せば幸せな気分になり、「この仕事をきちんとこなせるだろうか」と不安にかられることもあるだろう。雑念はどうしても心に浮かんでしまうが、できるだけそれで動揺しないよう、訓練でマインドフルネスを高めることはできると杉浦さんはいう。
収入が多いほど幸せだという「常識」が、マインドフルネスにより常識でなくなる。いまの日本は、産業競争力を高めて国を富ませ、人々の給料を上げて幸せをつかもうとしているようにみえる。その成否はともかく、ほんとうにそれが幸せへの道なのか。今回の研究は、そう問いかけているようにも思える。
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