今年の日本には夏が早々とやってきた。沖縄や奄美で6月下旬に梅雨が明けたのはいつものことだが、九州北部から東北北部にかけては平年より8日以上も早く明けた。関東甲信では平年より22日も早い6月29日に梅雨が明け、それからしばらく暑い日が続いた。夏はまだ先だと油断していた体には、かなりきつかった。
これはまた、ビールが特別においしい季節が早くやってきたということでもあった。頭に白い雪のような泡を頂いた、琥珀(こはく)色のシュワシュワした冷たい液体。喉を通ったとき「アーッ」と喜びの声が出る飲み物は、ビールをおいてほかにないだろう。細かくきれいに整った泡がたっていると、ことのほかおいしい感じがする。
考えてみると、このように泡がたつお酒はビールくらいのものだ。なぜビールには泡がたつのか。どんな成分がどのようにして泡を作っているのか。この問題に取り組んだのが、産業技術総合研究所とキリン株式会社の研究グループだ。
注目すべきは、液体と気体の境界だ。ビールの泡は、小さなシャボン玉が無数に集まったような構造をしている。泡の本体は膜状の液体で、それが内側と外側の気体に接している。シャボン玉の場合は、「界面活性剤」とよばれる洗剤の成分が水でできた膜の表面に並び、シャボン玉が壊れるのを防いでいる。だから、ビールの泡の秘密を解くには、液体の表面にビールのどんな成分が集まっているのかを調べたい。
ビールは、発芽した大麦を乾燥させた「麦芽」と独特の苦みを出す「ホップ」という植物を煮た汁に、酵母を加えて発酵させて作る。この過程で、ホップの成分や、大麦に含まれていたタンパク質がビールに溶け込む。これらがビールの泡を作るのに重要だとされてきたが、その具体的なしくみについては、はっきりしていなかった。
ビールの泡を詳細に調べようとしても、泡はすぐに消えていってしまう。そこで産総研の宮前孝行(みやまえ たかゆき)主任研究員らは、泡のないビールの液面にどのような成分が濃く集まるのかを調べた。その結果、市販のビールに相当する5%くらいのアルコール濃度だと、ホップに含まれる成分が液面に集まってくることがわかった。アルコール濃度が高すぎるとホップ成分は液面に集まらず、濃度が低すぎて水っぽいと、そもそも溶けないという。ホップの添加量が違うビールを比べたところ、ホップの多いビールほど、泡の持続時間が長いこともわかった。泡を構成する液体の膜の表面にもホップの成分が集まり、それが泡の持続に関係していることをうかがわせる結果だ。
ビールの泡の立役者はホップだけではなかった。ビールを水で薄めてさまざまな濃度で調べてみると、液面に集まったホップの成分とタンパク質が、同じ濃度で同じように増減することがわかった。ビールの液面で、ホップの成分とタンパク質が共同作業をしているらしい。宮前さんによると、ホップ成分だけだと泡はシャボン玉のように壊れやすいはずだが、このホップ成分をタンパク質がゆるく結びつけ、それで壊れにくく安定した泡ができるのだという。
ビールをグラスに注いでから急な用事を思い出し、戻ってきて泡が消えたビールを飲むときの無念さ。宮前さんらの研究で、あのさわやかな苦みをもたらすホップ成分は、ビールの液面に濃く集まることがわかった。泡は液体の薄い膜でできているので、「液面」はたくさんある。ホップ成分もそこにたくさん集まり、だから泡は苦い。あの無念さは見た目や気のせいではなく、やはり独特の苦みを味わい損ねた本物の無念さだったのだ。
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