東京医科歯科大学は、Sox9遺伝子から遠く離れた1Mb付近に存在するエンハンサーとそこに結合するStat3という転写因子が、肋軟骨におけるSox9遺伝子の作動を制御する発現システムであることを見出したと発表した。これは、先天性骨形成異常症の原因の解明に寄与する可能性があるという。
同成果は、同大大学院医歯学総合研究科システム発生再生医学分野の淺原弘嗣 教授、日本医科大学大学院医学研究科整形外科学分野大学院生および東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム発生再生医学分野特別研究学生の望月祐輔 大学院生と、日本医科大学医学部整形外科学、慶應義塾大学医学部整形外科学、産業技術総合研究所創薬分子プロファイリング研究センターらのグループとの共同研究によるもの。詳細は、米国科学誌「Developmental Cell」に掲載された。
先天性骨形成異常症は、骨軟骨の異形成と性分化異常を主徴とする重篤な先天性疾患である。この原因遺伝子として、軟骨細胞の分化や発生に必須のSox9やその周辺の突然変異が知られているが、Sox9の遺伝子のスイッチ部分(エンハンサー)は、非常に長い距離(約2Mb)のどこかに存在するとされ、現在まで解明されてこなかった。
近年、遺伝子改変を可能とするCRISPR/Cas systemを用いて、エンハンサーの同定やエピジェネティックス制御の戦略が報告されていることから、研究グループでは、これらのシステムを組み合わせることで、Sox9の軟骨特異的なエンハンサーの同定を行った。
まず、Sox9の近傍に設計したCRISPR/Cas systemをレトロウイルスによりマウスの初代肋軟骨細胞に対して導入し、クロマチン免疫沈降とシークエンス(ChIP-seq)によってSox9から約1Mb離れたところに軟骨エンハンサー(RCSE)の候補を見出し、この領域に遺伝子の作動をストップする機能のあるエピジェネティックシステムを誘導した。
その結果、Sox9の遺伝子の作動が弱まることが確認されたため、RCSEは遺伝子スイッチとして機能する可能性が示唆された。
次に、RCSEが作動する部位で青く染まるLacZ-トランスジェニックマウスを作成し、観察したところ、肋骨の軟骨にのみ青い染色が見られたことから、RCSEは肋軟骨のみにおいて、Sox9を作動させるスイッチであることが確認された。
さらに、RCSEをCRISPR/Cas9を用いて欠失させたノックアウトマウスを解析したところ、肋軟骨を含んだ胸郭のみの低形成・狭小化が見られ、切片では、肋軟骨のみで増殖軟骨細胞層の狭小化、および肥大軟骨細胞層の増大が見られた。これにより、このスイッチが肋軟骨におけるSox9遺伝子の作動に必要不可欠であることが証明された。
最後に、このRCSEに結合するタンパクを質量分析装置を用いて解析したところ、Sox9のスイッチを押す転写因子としてStat3(Signal transducer and activator of transcription 3)が同定された。このStat3遺伝子を欠損させるとSox9が作動しなくなり、軟骨発生が抑制されることも確認された。
同研究は、CRISPR/Cas9を用いた研究手法を組み合わせることで、初めて肋軟骨におけるSox9遺伝子のスイッチ機構を明らかにしたことになる。研究グループは、同成果は先天性骨軟骨形成異常症の疾患メカニズムの解明につながるとし、同研究で用いられた手法は、他の疾患の研究にも生かせる可能性を指摘している。