千葉県浦安市の東京ディズニーシーに、むかし「ストームライダー」というアトラクションがあった。飛行艇に乗って台風のような嵐に突っ込み、それを見事に消滅させるという波乱万丈のストーリー。大画面で見る急旋回、急降下の映像に合わせて座席が動くので、楽しいけれども出てきたときはフラフラになっていて、ちょっと苦手だった。

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    写真1 航空機からとらえた台風の中。左下方が中心部。(写真はいずれも研究グループ提供)

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    写真2 観測に使ったドロップゾンデ。落下しながら気圧、風向、風速などを計測する。

現実の世界でも、台風やハリケーンなどの熱帯低気圧の中にあえて飛び込む航空機がある。もちろん消滅させるためではなく、気象観測を目的とする航空機だ。飛行しながら「ドロップゾンデ」という観測装置を落とし、気圧や風速などを実測する。こうした熱帯低気圧の直接観測は、米海洋大気局などがハリケーンを対象として実施している例などがあるが、台風がやってくる北西太平洋では、1987年に米軍が観測をやめてからは、ほとんど行われていない。台風の実況で「中心気圧は980ヘクトパスカル」などと言っているのは、観測衛星から撮影した雲の画像をもとに推定した値だ。

名古屋大学、琉球大学、気象庁気象研究所の研究グループは2017年10月、日本列島の南海上にあった台風21号の目に小型のジェット機で入った。台風21号は、台風の強さの目安とされる中心気圧の低さは915ヘクトパスカルに達し、この年の最低だった。一般に台風の背の高さは十数キロメートルにもなり、とくに中心の「目」を取り巻く「壁雲」のあたりでは、強風が吹いている。研究グループは安全に突入できるタイミングを見計らい、21日と22日に台風の中心近くで26個のドロップゾンデを落とした。日本の研究者による台風中心部への突入観測は、これが初めてだという。

気象庁は、台風が過ぎた後にもういちど台風を点検して、データを確定値として残す。研究グループの伊藤耕介(いとう こうすけ)琉球大助教らは、台風の中心に落としたドロップゾンデの計測値を、気象庁の確定値と比べてみた。すると、21日午後4時の計測値は925ヘクトパスカル、気象庁の確定値は935ヘクトパスカルで、従来の方法だと、この時点での台風の発達を正確にとらえられていなかった可能性がある。逆に、22日午前10時の時点では、確定値915ヘクトパスカルに対して計測値は930ヘクトパスカルで、確定値のほうが台風の強まりを厳しく評価していた。この点については、ドロップゾンデによる観測地点が中心から10キロメートルほど外れてしまったことが原因となっている可能性があるという。

さらに伊藤さんらは、この台風21号の進路や強まりを予測する際に、もしドロップゾンデのデータが得られていたら、どれくらい精度が上がっていたはずかを計算した。すると、進路を示す台風中心の位置は、最大で16%も予測精度が改善された。また、強雨についても、予測精度が上がることがわかった。

大気現象を予測計算するとき、最初の出発点にするデータがほんのわずかに違うだけで、その後の状態が大きく変化してくる。逆に、予測結果を先々までよい精度で保ちたいなら、まずは正確な実況データから計算をスタートさせることが大切だ。大気は本質的にそのような性質を持っている。だが、台風が発生するたびに航空機観測で正確なデータを得ようとしても、危険で台風に突入できない場合もあるし、相当な費用もかかる。台風災害による損失と観測費用の費用対効果についても、社会が考えていく必要がある。

この航空機観測は、年1回程度を目安に2020年度まで続けるという。今回の観測を含む台風の総合的な研究プロジェクトを進める名古屋大の坪木和久(つぼき かずひさ)教授は、「航空機によるこうした台風の観測は、日本では始まったばかり。10年、20年先を見据えて発展させていきたい」と話している。

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