この夏、15年ぶりに地球に大接近する火星でいま、観測史上最大級の大きさの砂嵐が発生している。
まるで映画『オデッセイ』のような展開に、火星で活躍中の探査車「オポチュニティ」は科学観測を停止することになったが、他の探査機はこの機会を、火星の気候や歴史を知る好機と捉え、研究に勤しんでいる。
火星の砂嵐
火星で砂嵐が発生することは珍しくなく、それも一年中、季節を問わず発生することがわかっている。ときには数日である地域全体を覆うほどの規模に発展することもあり、さらにそれが火星全体を包み込むほどにまで発展することもある。
こうした大規模な砂嵐は、おおよそ3~4火星年(6~8地球年)に1度のペースで発生すると推定されており、最長で数週間、場合によっては数か月間にわたって続くこともわかっている。
今回の砂嵐は2018年5月31日ごろに発生。6月13日の時点で約3500万平方km、火星の約4分の1を覆うほどの大きさにまで成長している。これほどの規模の砂嵐が観測されたのは2007年以来、11年ぶりのことで、さらにいまなお成長を続けている。
運の悪いことに、今回の嵐は、メリディアニ平原の「忍耐の谷」(Perseverance Valley)を探査していたNASAの探査車「オポチュニティ」(Opportunity)を直撃。火星は大気密度が低いことなどから、これほどの"パーフェクト・ストーム"でも、オポチュニティが吹き飛ばされることはない。しかし、大気中に砂が舞い上がることから、太陽光が遮られてしまう。
オポチュニティは太陽電池で動いているため、日光がなければ活動を続けることができない。そのため現在は、大半の機器の電源を落とし、地球との通信も中断。ときおり自らコンピューターとセンサーを立ち上げて発電量の確認をしつつ、嵐が過ぎ去るのを待っている。
無事にやり過ごすことができれば、太陽電池による発電を再開し、ふたたび地球との通信や、科学観測が行えるかもしれない。ただ、バッテリーが完全に放電するなどして故障したり、砂埃が太陽電池の上に降り積もって発電できなくなったり、機器の内部に入り込むなどすれば、これ以上の活動ができなくなる可能性もある。
オポチュニティは2003年に打ち上げられた探査機で、当初の設計寿命は約3か月と想定されていたにもかかわらず、もう15年間も動き続けている。そのため、各所で故障や老朽化が進んでおり、同時期に打ち上げられた同型機の「スピリット」(Spirit)は、すでに2010年に運用を終えている。このことからも、嵐を無事にやり過ごせるかどうかは不透明な状況にある。
オポチュニティは忍耐の谷の中で、その名のとおり、耐え忍ぶ状況が続いている。
火星の気候や歴史を学ぶ好機
オポチュニティが砂嵐の中で耐え忍ぶいっぽうで、他の火星探査機は、今回を火星の砂嵐について研究できる絶好の機会と捉え、観測に勤しんでいる。
この砂嵐のメカニズムについて研究することは、昔といまの火星の気候を理解する上で重要になる。たとえば、大昔からときおり発生し続けてきた砂嵐は、表面を削るなどして、現在の火星を形作った要因のひとつでもある。また、砂嵐がいつ、どのように発生するかわかれば、将来の探査機や有人のミッションにとって重要な情報となる。
NASAの火星探査計画の責任者を務めるJim Watzin氏は「これは火星の科学にとって理想的な嵐です。NASAが運用するさまざまな火星探査機は、こうした砂嵐がどのように形成され、そして振る舞うのかを独自の視点で観測することができます」と語る。
また、NASAジェット推進研究所で火星探査のチーフ・サイエンティストを務めるRich Zurek氏は、「今回のような大規模な嵐の観測は、こうした出来事をモデル化することにつながります。地球のエルニーニョ現象やハリケーンのように、いつかは火星の嵐の発生や規模を予測できるようになるかもしれません」と語る。
NASAは現在、オポチュニティのほかに4機の火星探査機を、火星のまわりと地表で運用している。
火星をまわりを回りながら観測している探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」(Mars Reconnaissance Orbiter)は、搭載している広角カメラを使い、砂嵐の進化を見ることができる火星の世界地図を作成し、日々更新し続けている。
また、「2001マーズ・オデッセイ」(2001 Mars Odyssey)は、赤外線カメラで砂埃の量を観測。「メイヴン」(MAVEN)は上昇大気の挙動と、宇宙へ逃げるガスの観測で貢献している。
さらに、忍耐の谷から遠く離れたゲイル・クレーター(Gale Crater)にいる探査車「キュリオシティ」も、砂嵐によって大気が濁る様子を観測している。6月12日現在、ゲイル・クレーター内の砂埃による不透明度は、ダスト・シーズンの後半に相当する、比較的高い値を示している。
ゲイル・クレーターは、忍耐の谷から見て、ほぼ火星の反対側にある。にもかかかわらず、大気が暗くなるほどの影響が及んでいるところからも、今回の砂嵐の規模の大きさがうかがえる。
ちなみに、キュリオシティは太陽電池ではなく放射性同位体熱電気転換器(RTG)、いわゆる原子力電池で動いており、日光の当たる量が少なくなっても活動し続けることができる。そのため、もしこれ以上砂嵐が大きくなり、キュリオシティにも覆いかぶさることになっても、オポチュニティのようなことにはならない。
こうしたさまざまな探査機による観測データを組み合わせることで、火星の気候と、嵐の発生や進化について、新しい知見を得ることができるかもしれない。
NASAは「この4機の探査機は、大きな変化を続ける火星の科学を追い求める準備がすでにできています」と期待と意気込みを語っている。
くしくも、今年の7月31日には火星と地球が最接近。とくに今年は約15年ぶりとなる「大接近」になる。もしこの砂嵐が当分続くようなら、地球からも、いつもと少し色合いが違う火星の姿が見られるかもしれない。
参考
・News | NASA Encounters the Perfect Storm for Science
・News | Martian Dust Storm Grows Global; Curiosity Captures Photos of Thickening Haze
・News | Opportunity Hunkers Down During Dust Storm
・Curiosity’s View of the June 2018 Dust Storm - NASA’s Mars Exploration Program
・Shades of Martian Darkness - NASA’s Mars Exploration Program
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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