医師はよく患者に向かって、体の声を聞き、体の言っていることに注意しなさいと言います。現在、私たちに代わってその声を聞き、最良の処置を判断する信号を出すテクノロジーが開発されています。

テクノロジーが人口減少社会における医療を救う

人口の高齢化はすでに周知されていますが、出生率も世界的に低下傾向にあります。こうした要素があいまって、高齢者が増加する一方で、それを支える医療関係者は減っていきます。このような社会的な統計値を短期間で解決する方法はありませんが、テクノロジーの導入によって、数字的にも実際的にも有効な方法がとられる可能性があります。

半導体の小型化と機能向上により、人工知能、クラウドコンピューティング、ユビキタス接続の概念が革新的な形で統合され、医療業界の改善につながる道が見えてきました。可能性は広大で需要も増大しており、またそれを人道的な意図が裏付けています。

現在では、手首に装着して運動量や心拍数などの統計値を計測する小型のデバイスが、典型的なウェアラブルテクノロジーとして利用されています。これは意識的に装着する強化機能だとも言えます。テクノロジーが発展すれば、私たちが身につける服地に未来のテクノロジーが織り込まれ、抵抗なく利用できるようになるかもしれません。

一般的にスマートファブリックと呼ばれるこのテクノロジーは、あらゆる物事のモニタリング方法を変える可能性を秘めていますが、特に大きな可能性は医療分野にあります。テクノロジーを利用して患者の状態をモニタリングし、医療を施す方法が現在活発に研究されており、すでにその成果も現れています。

圧力の感知

患者の回復期には、体の特定の部位による、またそれに対する圧迫が、各種の問題の原因になり得ます。たとえば、腫れは治癒過程で生ずる症状ですが、二次感染の前兆である可能性もあるため、モニタリングが必要になります。同様に、患者が寝返りを打てない状態では床ずれが生じやすく、治癒が遅れます。患者の傷や動きをモニタリングすることが解決方法になります。

そのための方法として、ベッドのシーツや衣服に編み込むセンサや、シリコンでコーティングされた導電性の糸を寝具に縫い込む方法が開発されつつあります。このような方法によって、湿気や動きがモニタリングされ、注意が必要な患者が介護担当者に通知されます。同じテクノロジーが、患者の必要性に応じて自動的に動く病院用ベッドに応用され、介護担当者の負荷を軽減しています。

同様の仕組みは、包帯類にも応用されています。治癒の過程で体内に生ずる圧力を監視し、包帯がきつすぎないか、患部の腫れがどの程度引いているかなどを感知するのです。

これまでに、特定の媒介物の圧力を計測する、各種の方法がとられてきました。たとえば血圧は、血流を止めるのに必要な圧力を計測することで記録されてきました。このプロセスは、圧縮空気によって圧迫を加える組み込みの圧力センサによって、自動化が可能になっています。その結果、血圧モニターがコンシューマ用デバイスになり、誰でも自宅で利用できるようになっています。このテクノロジーをスポーツウェアなどの生地に組み込むことも、そう難しいことではなくなってきました。

圧力センサは靴のインソールなどにも導入され、末梢神経障害の患者の歩き方や動作のモニタリングに役立っています。この障害は、足など特定の部位からの情報を脳が受け付けなくなるものです。そのような例として、図1に、インソールからのデータを記録し、ワイヤレスでスマートフォンアプリに送信する、Orpyxのシステムを示します。足にかかる圧力をセンサでモニタリングし、患者にフィードバックすることで、最悪の場合には足切断にもつながる、潰瘍の発症を予防することができます。

  • Orpyxシステム

    図1 Orpyxシステムでは、インソールに組み込んだ圧力センサが、スマートフォンにワイヤレスで接続できるようになっています (出典:www.orpyx.com)

包帯にセンサを組み込むことで、皮膚の歪みを測定し、手足の腫れによる圧力を測定することができます。このような「スマートファブリック」の研究開発が進んでいます。

圧力モニターをスマートファブリックに直接組み込むことで、長期的な傾向を簡単に特定し、たとえば循環器疾患などの初期診断に役立てることが可能になります。

スマート包帯

ナノテクノロジーの発展によって、皮膚の電気特性の変化をモニタリングして水和レベルを測定する方法が、現実になりつつあります。これは、極細のワイヤーを伸縮性の布地に組み込み、皮膚に直接当てることで、小さな電極が水和レベルをモニタリングし、リアルタイムで伝達するものです。このテクノロジーは、衣服に応用することもできます。

スマート包帯で採用された効果的な診断方法は、人体の細胞に微小な電流を通し、インピーダンスを測定する方法にも応用されています。これは、インピーダンス分光法という手法を発展させたものです。細胞の崩壊に伴うキャパシタンスと抵抗の変化を測定することで、実際に床ずれが生ずる前に発見できる、スマート包帯が実現します。

スマートファブリックではエレクトロニクスが重要な役割を果たしていますが、これは従来型の医療と並行して、医療的な効果を正しく評価しながら発展しています。スマート包帯を強化して、傷をモニタリングするだけでなく、薬剤を直接塗布する方法を、ネブラスカ大学リンカーン校、ハーバード大学医学大学院、およびマサチューセッツ工科大学による研究チームが発表しています。

これは、治癒の促進と組織の再生を図るだけでなく、鎮痛薬や抗生物質などの用量依存的な薬物放出にも対応する、初めての包帯であると説明されています。基本的にこの方法では、ゲルで薬剤を包み、それでコーティングしたワイヤーが包帯に編み込まれます。包帯にはマイクロコントローラも組み込まれており、それによってワイヤー内の電流を制御してゲルを温め、患部に必要量を直接適用します。実験で良好な結果が得られたため、このチームでは現在、グルコースやpHレベルなどの指標を測定するセンサの組み込みに取り組んでいます。成功すれば、薬物送達プロセスが完全に自動化されることになります。