スニーカーを買うという体験がこれまでとはまったく違うものになるかもしれない。SAPが今年6月に米国オーランドで開催した年次イベント「SAPPHIRE Now 2018」で、Adidasはスニーカーのデザインなどのカスタマイズを行い、その場で製造する「Speedfactory」をVRで体験できるブースを用意した。

3日目の基調講演では、AdidasのCIOを務めるMichael Vögele氏が、Speedfactoryを含め、同社のデジタル戦略について語った。

  • Adidas CIO Michael Vögele氏

デジタル化の3つの核 - オープンソース、スピード、シティ

Adidasは2015年に2020年までの成長戦略「Creating the New」を打ち出した。この戦略はデジタル時代に向けた方針となるが、Vögele氏の話からは同社がスポーツアパレルそのものの定義を変えようとしていることがうかがえる。

「Adidasはスポーツだけではない。トレーニングをして汗を流すということだけではなく、スポーツはその人の人生を変える力を持っていると信じている」とVögele氏。目指すは「世界最高のスポーツブランド」だ。Creating the newは、「オープンソース」「スピード」「シティ」の3つの側面を持つ。

  • Adidasの「Creating the New」成長戦略。スピードにはオペレーションの高速さだけでなく、顧客ニーズを満足させるスピードも含まれる

さて、Creating the Newの側面であるオープンソースとは、製品開発において外部の活用を進めることを意味する。消費者、アスリート、パートナーなどを招き、Adidasの製品ラインにおけるデザインやクリエーションの中心になってもらうことで、ブランドの信頼性の向上につながるという考えがある。

スピードはオペレーションの高速化を指す。「われわれの業界は40~50年間同じモデルでオペレーションを行ってきた。今後、サプライチェーンを高速化する」とVögele氏。業界のパラダイムを変える高速化を図るという。

シティとは、トレンドの取り込みや人口の大部分を占める都市における人材、マーケティングなどへの投資のことだ。Creating the Newの発表時、ニューヨーク、ロンドン、東京などの6都市をフォーカスシティと定めることが発表されていた。

「デジタルと技術は、われわれが最高のスポーツブランドになるという目標を達成するために必要な『エネーブラー』だ」とVögele氏。また「スポーツが人の生活を変えるには、直接コンシューマーと関係を構築する必要がある」とも述べた。

Creating the Newの下、同社は直営店など自分たちが管理する売り場からの売り上げ比率を60%以上にすること、ECビジネスを20億ユーロ以上に成長させることを目指している。

これは原点に返ることでもある。Adidas本社には創業者のAdolf Dassler氏が当時のワールドカップのドイツチームと一緒に写った写真が飾られていることを紹介しながら、「最初はアスリートの横で製品開発を行ってきたが、グローバルカンパニーとなった現在、簡単なことではなくなった。だが、技術を活用すれば直接の関係を構築できる」と述べた。

機械学習でトレンドを分析、サプライチェーンを短縮

AdidasとSAPの関係の開始は21年前に遡る。最新の取り組みは「SAP Leonardo」の機械学習の利用であり、そのきっかけは、「ストアファクトリー」だ。

店舗に製造機能を持ち込むとどうなるのか――顧客が自分のアパレルをデザインし、それがその場で製造されると面白いという話になったそうだ。そこで提供するガイド式のデザインを設計するにあたり、SAP Leonardoの機械学習を利用、数万、数十万もの写真からトレンドを分析することで、色や形などを調べた。

  • 写真からトレンドを分析。SAP Leonardoを活用している

  • 色別の売り上げ予想など予測分析や機械学習を積極的に利用している

まだ早期段階というが、色などのトレンド予想ができることにより、サプライチェーンを大きく短縮できそうだ。「現在、製品のアイデアから実際に商品が棚に並ぶまで、1年~1年半かかっている。だが、トレンドが続く期間は数週間、数カ月だ」とVögele氏。トレンドを作り、牽引するブランドになるためには、少しでも早く最新のものをコンシューマーの手に届けなければならない。Speedfactoryはこれを具現する取り組みとなり、先にSpeedfactoryのコンセプトショップを米国にオープンしたところだという。

  • Speedfactoryでは、ガイドに従ってその場で好みのスニーカーを作成できる

「クリエイターを製造機能と結びつけることで、コンシューマーにオンザフライでAdidasの製品を提供できる。深いレベルでのパーソナライズをすぐに手に入れることができる」と、Vögele氏はそのインパクトを説明した。

顧客に最高の体験を提供するにあたって、オペレーション側でVögele氏が最大の課題に挙げたのは、オムニチャネルではない。在庫情報などバックエンドとの連携だ。

「在庫があると聞いて顧客がストアに行ったのに、製品がないことがあった。そこで、SAPの技術を利用してRFIDを活用した在庫管理を導入した」とVögele氏。スニーカー1つを取ってもモデル、色、サイズと実にさまざまだが、SAPの技術により、世界中にあるAdidasの1つ1つの製品がどこにあるのかわかるという深い透明性を実現しているという。サプライチェーンの生産性が加速しただけではなく、顧客満足度の改善にもつながっているとVögele氏はメリットを語る。

Vögele氏はデジタル戦略を進めてきたこれまでの教訓から、「技術にフォーカスしがちだが、コンシューマー、人にフォーカスすべきだ」とアドバイスした。IT部門も変化する。数十年かけて構築してきたスキルやシステムが古くなる。「人にフォーカスすることで、どこを目指すべきかが明確になり、そこに向けた社員のトレーニング、ラーニングに大きな投資をしている」とVögele氏は述べた。

Vögele氏とステージに立ったSAPの エグゼクティブ・ボード・メンバー グローバル・カスタマー・オペレーションズのアデア・フォックス・マーティン氏は、Adidasの事例の3つのポイントとして、「バックエンドを含めたトータルな顧客体験」「生産性の加速化により組織のコストモデルの変革」「仕事のやり方と従業員の変革支援」の3つを提示した。

  • 左から、AdidasのMichael Vögele氏、SAPのAdaire Fox-Martin氏