SAPは6月5日から、米国フロリダドで年次カンファレンス「SAPPHIRENOW 2018」を開催している。初日の基調講演では事前に噂が流れていたCRMが「C/4 HANA」として正式に発表され、CEOのBill McDermott氏は「新しい顧客体験が必要」と、CRM市場に改めて宣戦布告した。
HANAはSAPの魂(ソウル)に
SAPはERP、サプライチェーンなどバックオフィス向けのソリューションを得意とするベンダーだが、CRM、人事(HR)といったフロント側のソリューションについても強化してきた。2010年にMcDermott氏が共同CEOに就任して以来、EコマースのHybris、人事のSuccessFactors、経費計算のConcurなどを買収している。しかしながら、CRMはSalesforce.comが市場を独占しており、Siebelを抱えるOracleもSalesforceの後塵を拝している。
McDermott氏は冒頭、共同CEOに就任以来(その後2014年に単独CEOとなり現在に至る)累計で500億ドルをイノベーションに注いだと訴えた。その結果、生まれたのがインメモリデータベースの「HANA」だ(研究開発は共同創業者のラボレベルで進んでいたが、製品化にこぎづけた)。「HANAは21世紀型の革命的なインメモリデータプラットフォーム」とMcDermott氏、HANAはその後、第4世代のERPの土台となり「HANAは現在、SAPの魂(ソウル)になった」という。
今回のC/4 HANAもそれを象徴してのネーミングとなる。なお”C”はCustomerやCRMを指す。
HANAは現在、2万3000の顧客が利用しており、「S/4 HANAを利用する企業は8700社に及ぶ」とMcDermott氏は胸を張る。SAP Cloudのユーザー数は1億5000万人に達しているという。Ariba買収により手に入れた「SAP Business Network」は300万のサプライヤーが取引しており、その金額は年2兆ドルに達している。60秒に1社のサプライヤーが加わるなど、ネットワーク効果が出ているようだ。
これらを基盤に、SAPは2017年、IoT、ブロックチェーン、機械学習などのイノベーションをまとめたイノベーションシステムを「SAP Leonardo」として発表している。
統合によるエンド・ツー・エンドで、効率よりも効果を生むCRMへ
CRMに不可欠なデータについては、ここ数カ月話題に事欠かない。欧州連合(EU)の「一般データ保護規制」(GDPR)は先月末に施行に入り、すでに大手米国企業に対しGDPRに基づく苦情が提出されている。Facebookの不正データ流用も世界中に大きな衝撃を与えた。
「どの企業も顧客主義がもたらす成長を願っている。その実現には、顧客の単一のビューを持つことが重要だ。そして、顧客データはどこにあるのか、GDPR対策はできているのか、発注をちゃんと履行できるか、顧客は本当に満足しているのかを知りたいと思っている」とMcDermott氏。顧客の単一のビューを持つことを阻害しているのは現在のCRMだという。
「現在のCRMでは単一のビューを得ることはできない。しかし、変わるべき時がきた。SAPはCRMの現状を最後に受け入れ、最初に変えるベンダーになる」(McDermott氏)
案にSalesforceを差しながら、「360度のセールスオートメーションにフォーカスしているベンダーもあるが、われわれは顧客について360度のビューを得ることにフォーカスする」と続けた。
そして、C/4 HANAを率いるAlex Atzberger氏(カスタマーエクスペリエンス担当プレジデント)は、新世代のCRMが求められている背景として次の3つを挙げる。
顧客はセールスオポチュニティやシステムのレコードとして扱われたくはない。人として扱われたい。
パーソナライズを求めているが、プライバシーの侵害は嫌だ。自分のどんな情報を収集・共有しているのかを知りたい。望まないメールやコンテンツを受け取りたくない。
デマンドを満たすサプライチェーンが必要。顧客体験はサプライチェーンなしには完成しない。
これらを実現するために生まれたのが「C/4 HANA」だ。「C/4 HANA」は、データクラウドの「SAP Customer Data Cloud」を土台に、マーケティングの「SAP Marketing Cloud」、コマースの「SAP Commerce Cloud」、セールスの「SAP Sales Cloud」、サービスの「SAP Service Cloud」と5つのクラウドサービスから構成される。
これに、1つのデータモデル、PaaS「SAP Cloud Platform」ベースのマイクロサービス型の拡張フレームワーク、SAP Leonardoが組み合わさり、ユーザー体験が完成する。
デモでは、製造ロボット会社の営業担当が得意顧客に納入したシステムのIoTデータより異常を予測したり、新しい製品のレコメンドを行ったりするという流れを見せた。製品のレコメンドでは、デジタルツイン技術により運用環境にある既存のロボットとオススメ製品を比較するなどの仕掛けも見せた。
特徴はサプライチェーン技術を持つSAPならではのエンド・ツー・エンド、そして信頼だ。「信頼は最初からあるものではなく、勝ち取るもの。信頼のある関係を築かなければならない」とAtzberger氏は述べる。
「これまでのCRMは自動化による効率のためのシステムだったが、新たなCRMには効果が必要。他のシステムとの統合とインテリジェンスにより、効果が出るCRMを実現する」とAtzberger氏。
McDermott氏も「状況は常に変化しており、信頼を得て維持するためのステップを取らなければならない。これが新しい顧客体験が必要な理由だ」と述べ、CRM分野に積極的に打って出る姿勢を見せた。