理化学研究所(理研)は、同所の研究グループが、知的障害モデルマウスにみられる記憶障害には、脳の海馬における「再生(リプレイ)現象」の異常が関与していることを発見したことを発表した。

この成果は、理研 脳神経科学研究センター神経回路・行動生理学研究チームのトーマス・マックヒューチームリーダー、スティーヴン・ミドルトン研究員、神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダーらの国際共同研究チームによるもので、米国の科学誌「Nature Neuroscience」の掲載に先立ち、オンライン版(6月4日付け)に掲載された。

  • 知的障害モデルマウスにおける海馬リプレイの異常と記憶障害(出所:理研Webサイト)

    知的障害モデルマウスにおける海馬リプレイの異常と記憶障害(出所:理研Webサイト)

脳の海馬は、空間の記憶やエピソード記憶などさまざまな種類の記憶の形成や保存に関わっている。空間記憶においては、海馬に存在する「場所細胞」と呼ばれる細胞の活動が重要な役割を果たし、例えばマウスが空間を探索する際には、それぞれの場所に応じて異なる場所細胞が次々に活動する。

その後、マウスが休息をとる間に、探索中に活動したそれらの場所細胞の活動が同じ順番で、かつ時間的に圧縮されて繰り返し再生されることで、空間記憶が固定される可能性が示されている。この現象は「リプレイ」と呼ばれ、海馬の脳波のうち鋭波に同期して起こることが知られており、実際に人為的に鋭波を乱すと記憶障害を起こすことがマウスで確かめられている。

しかし、記憶をはじめとする認知機能に発達の段階で遅れを生じる疾患である知的障害において、鋭波が記憶の形成や保存にどのような影響を与えているかについては、わかっていなかった。

  • Scn2aKOマウスの空間記憶障害(出所:理研Webサイト)

    Scn2aKOマウスの空間記憶障害(出所:理研Webサイト)

今回、研究チームは、Scn2a遺伝子ノックアウトマウス(Scn2aKOマウス)を知的障害モデルマウスとして用いて、その脳の海馬における神経細胞の生理学的な性質を詳しく調べることで、鋭波と記憶形成・保存の関係の解明を試みた。

Scn2aKOマウスにいくつかの空間記憶テストを行った結果、野生型マウスに比べて学習の進行が遅いことがわかった。

次に、Scn2aKOマウスの海馬の神経細胞の生理学的特性を調べた結果、探索行動中の場所細胞の活動には異常が認められなかったが、鋭波と呼ばれる脳波に同期したリプレイに異常が認められることがわかった。

これらの結果から、Scn2aKOマウスでは、抑制性の介在神経細胞の活動亢進により、鋭波に合わせて同時に活動する細胞アセンブリの活動が減少することで、場所細胞のリプレイに異常が生じ、空間記憶障害を引き起こしている可能性が示された。

この成果は、Scn2aKOマウスにおいて、記憶障害と海馬の場所細胞のリプレイの異常の関連を初めて示したものとなる。今後、リプレイの異常が生じる過程をさらに研究することにより、知的障害の発症メカニズムの理解に貢献すると期待できるとしている。