ドナルド・トランプ大統領は2018年5月24日、米国の新たな宇宙政策となる「宇宙政策指令第2号」(Space Policy Directive-2:SPD-2)に署名した。

これは昨年12月に署名された、「ふたたび月に宇宙飛行士を送り込む」ことなどを定めた「宇宙政策指令第1号」(SPD-1)に続くもので、その動きを活性化させるために、民間企業による宇宙活動の規制改革を実施することなどを定めた、より具体的な内容となっている。

それに合わせるように、米国航空宇宙局(NASA)は同日、早ければ2022年にも、月の観測機器を民間が開発した月探査機に載せて打ち上げると発表。米国企業と協力することで、月探査を加速させる方針を改めて示した。

トランプ大統領は就任早々から「ふたたび月へ」と発言するも、なかなかその具体的な方針が定まらなかったが、ようやく一歩を踏み出しつつある。

  • 米国のドナルド・トランプ大統領

    「宇宙政策指令第2号」(SPD-2)に署名した、米国のドナルド・トランプ大統領 (C) The White House

トランプ大統領の宇宙政策

昨年1月に大統領に就任したトランプ氏は、歴代の米国大統領の中でも、比較的宇宙開発に関心を示している。「かつてアポロ計画に興奮した」と発言することもあり、また宇宙開発という大事業が、同氏の「Make America Great Again」(米国をふたたび偉大にしよう)というスローガンにも合致するということもあったのだろう。

とはいえ、その方針や具体的な計画はなかなか定まらず、一時は迷走もした。たとえば就任直後、「月にふたたび米国の宇宙飛行士を送り込む」と発言したのはまだよかったが、そのためにオバマ政権から続く超大型ロケット「SLS」と新型宇宙船「オライオン」の開発を前倒しし、自身の在任中に有人月飛行ができないかと打診。結果的に、NASAは「主に予算の点から難しい」と拒否したものの、安全性やその後の計画への影響を考えない姿勢に批判も出た。

大きな動きを見せたのは2017年6月のことで、トランプ大統領は、クリントン政権以降に形骸化していた「国家宇宙会議」を24年ぶりに復活させる大統領令に署名。政権が宇宙政策の音頭を取るとともに、各省庁や産業界からメンバーが集まり、国の宇宙政策について大統領にアドバイスしたり、活動の支援や調整を行ったりできる体制が築かれた。

そして同年10月に開催された第1回会合の結果を受け、同12月にトランプ大統領は「宇宙政策指令第1号」(Space Policy Directive-1)に署名し、米国がふたたび月に人類を送り込むことと、それを踏み台にして将来的に火星などを目指すことを宣言した。

  • トランプ大統領

    「国家宇宙会議」を24年ぶりに復活させる大統領令に署名するトランプ大統領 (C) NASA

しかし、その具体的な進め方、とくにいつまでになにをするのか、そして予算をどうするかという話はなく、実現には懐疑的な見方が強かった。あるいはその予算を捻出するため、来年度予算で、月探査や有人飛行に関すること以外の予算が大きく削られるのではと不安視する声もあった。

唯一、予算に関連した方針としては、商業的なパートナー、つまり民間企業と協力して進めるということが明記された。民間企業を活用することで、低コストに、またスピーディに、そして「持続可能」な形で進めようというのである。

今年2月には、トランプ政権が2019会計年度の予算案を発表。NASAの予算は現在の2018会計年度から約3億7000万ドル増額させ、民間企業による月探査への支援予算も盛り込まれた。

また、SLSやオライオンの開発も高い水準で維持する方針も打ち出された。打ち上げスケジュールについては、2020年にSLSとオライオンによる月への無人の初飛行を行い、2023年に有人月飛行を行うという予定が示されている。トランプ大統領の現在の任期は2021年1月まで、再選されると2025年1月までなので、計画にさらなる大幅な遅れが出ない限り、少なくとも任期中に無人飛行は実現し、再選されれば有人飛行まで見届けられることになる。

さらに、国際宇宙ステーション(ISS)へのNASAの直接的な関与を2025年で終え、民間に移管する方針を打ち出し、その準備を行うための予算も盛り込まれた。ISSをNASAから切り離すことで、浮いた予算と人員を月探査に振り分けようというのである。

そして4月23日には、約15か月もの空白期間を経て、トランプ政権におけるNASA長官としてジェイムズ・ブライデンスタイン氏が任命。同氏は共和党議員出身で、トランプ大統領はもちろん、その宇宙政策の支持者として知られる。国家宇宙会議の復活とあわせ、トランプ政権が宇宙開発をある程度思い通りに進められる土壌が整った。

  • NASA長官として任命されたジェイムズ・ブライデンスタイン氏

    約15か月もの空白期間を経て、トランプ政権におけるNASA長官として任命されたジェイムズ・ブライデンスタイン氏。共和党議員出身で、トランプ大統領と、その宇宙政策の支持者として知られる (C) NASA/Bill Ingalls

「ふたたび月へ」向け、動き出した

そして今回トランプ大統領が署名した「宇宙政策指令第2号」(SPD-2)では、その実現と支援のため、規制改革を実施することなどが定められた。

たとえば連邦航空局(FAA)をもつ運輸省に対し、ロケットの打ち上げや宇宙船の再突入に関する、時代に即した新しい規制を導入すること、また、商務省の中に、民間企業が宇宙開発を行うにあたって必要な手続きを一から十まで行える、「ワン・ストップ・ショップ」な新しい管理・規制組織を立ち上げることなどを求めている(ほかにも地球観測における規制緩和などもあるが、今回は詳細は省く)。

月に行くという方針をぶち上げたのに始まり、それなりに具体的な予算の捻出方法と予算案が出され、そして民間の宇宙開発を促進させる方策が立ち上がったことで、ここへきてようやく、トランプ大統領の掲げる「ふたたび月へ」という計画が、一歩を踏み出したといえよう。

SPD-2の署名に際し、トランプ大統領は「今回はアポロ計画とは異なり、旗を立て、足跡を残すだけではない。火星という究極の目標を目指す基盤を確立するのだ」とコメントした。

もっとも、予算案は連邦議会に認められなければならないが、ISSの民営化については議員の中から、「運用にかかるコストが大きく、とても民間に運用できるものではない」などといった批判の声も出ている。

そもそも、2020年にSLSとオライオンによる月への無人の初飛行を行い、2023年に有人月飛行を行うというスケジュールは掲げられたものの、それ以降の計画、とくにこれまでNASAが日本や欧州などと共同で検討を進めてきた、月を回る宇宙ステーション「月軌道周回プラットフォーム・ゲートウェイ」を、いつまでにどうするのかは、やはりまだ具体的には決まっていない。そして火星への道筋もまた、はっきりとはしていない。

トランプ大統領らしいといえばらしい、いろいろと不十分なままではあるものの、ともかく米国は、月へ向かって歩きはじめた。

  • NASAが開発中の超大型ロケット「SLS」

    NASAが開発中の超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)。有人月・火星飛行などに使われる予定 (C) NASA