中国の民間宇宙企業「ワンスペース」は2018年5月17日、同社が初めて開発したロケット「OS-X」の1号機「重慶両江之星」の打ち上げに成功した。
人工衛星を打ち上げたわけではなく、高度も宇宙までの半分にも達しなかったが、この出来事は欧米のメディアでも大々的に報じられ、イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXを引き合いに出し、"中国版スペースX"と見る向きもあった。
もちろん、ワンスペースはまだスペースXほどの大企業にはなっていない。しかし、米国で宇宙ベンチャーが多数生まれた1990年代のような環境が、現代の中国で醸成されつつあるのは事実である。少なくとも、中国の宇宙産業はすべて国営という時代はもはや終わり、その勢力図は徐々に塗り替えられ始めている。
ワンスペース
ワンスペース(OneSpace、零壱空間)は2015年に、実業家の舒暢氏(現在32歳)によって設立された。北京市に本拠地を、重慶市と江西省に研究・開発の拠点を構える。設立当時から、すでに中国メディアでは"中国版スペースX"という表現が使われていた。
同社は設立からすぐに、大手IT企業レノボが運営する「聯想之星」(Lenovo Star)や、ロボット企業「哈工大机器人集団」(HIT Robot Group)などから投資を受け、2016年までに1億元以上の資金を調達。さらに重慶市や他のベンチャー・キャピタルからの支援も受け、これまでに総額5億元以上(日本円で約90億円)の資金調達に成功している。
ワンスペースはまず、高度100km以上へのサブオービタル飛行ができる観測ロケット「OS-X」を開発。今回打ち上げられたのはその1号機で、開発拠点のある場所の名前をとって「重慶両江之星」と名付けられている。
OS-Xは全長9m、単段式の固体ロケットで、詳しい性能は明らかになっていないが、以前同社のWebサイトでは、100kgのペイロードを積んで高度800kmまで到達する能力があると記載されていた。
同社がアピールする特徴として、再突入や滑空飛行、巡航ができるという点がある。多くの観測ロケットは、宇宙空間に到達したあとそのまま落下し、先端の機器を搭載した部分だけパラシュートで回収できるようになっている。しかしOS-Xは先端部分が滑空飛行したり、ロケットを水平方向に飛ばしたりといったことができ、他の観測ロケットでも行える微小重力実験だけでなく、極超音速機の研究・開発などにも活用できるという。
実際に今回の打ち上げでも、高度は38.7kmと宇宙までの半分にも達しなかったが、水平方向の飛行距離は273km、速さは約マッハ6にまで達したという。今回搭載していたペイロードは瀋陽航空機設計研究所のものであり、極超音速機に関連した実験や試験が行われたと考えられる。
また、固体ロケットには30kNから470kNまで、いくつかの性能が用意されており、顧客の要求、搭載する機器に合わせてカスタマイズできるとしている。つまりOS-Xという名前のロケットでも、いくつかの種類があるということになる。今回の打ち上げでは350kNのものが使われたという。
同社はまた、小型衛星打ち上げ用ロケット「OS-M」の開発も行っている。OS-Xと同じく固体ロケットで、上段には液体のロケットも搭載できるという。
打ち上げ能力は地球低軌道に100~200kg(高度や軌道傾斜角によって変動あり)で、ちょうど米国・豪州のロケット企業ロケット・ラボ(Rocket Lab)の、「エレクトロン」(Electron)ロケットなどに近い。エレクトロンのような超小型ロケット(マイクロ・ローンチャー)は世界中で開発が盛んに行われており、その潮流に乗る形である。
ワンスペースでは、打ち上げコストを従来(何に対してかは正確には不明)の10分の1にすることを目指すという。
ワンスペース躍進の背景にあるもの
なぜ、ワンスペースは設立からわずか3年で、多額の資金を集め、ロケットの打ち上げまでこぎつけることができたのだろうか。
その理由のひとつには、中国の宇宙産業をめぐる大きな変化がある。中国は2015年、「2015年国防白書」の中で、コストの効率化や技術の近代化を目的に、軍事活動に民間支援を結合させる「軍民統合」(軍民融合とも)を進めることが明記された。宇宙分野についても、宇宙業界への民間の参入をうながすため、軍とその関連国営企業と、民間との協力を促進させる計画が策定されている。
ワンスペースが誕生したのも同じ2015年であり、実際に同社も軍とのつながりは隠していないばかりか、むしろ大々的にアピールしている。
そして、なにより大きな理由は、おそらく中国軍がもつ弾道ミサイルの技術を活用していると考えられることである。OS-Xはその大きさや性能などから、国営の中国航天科工集団(CASIC)が開発、製造した、中国陸軍の短距離弾道ミサイル「東風11」か「東風15」を転用したものと推察されている。
言うまでもなく、ミサイル技術は宇宙ロケットにも使える。つまり、ミサイル技術や製品がそのまま、ワンスペースのようなスピード感のある民間ベンチャーにもたらされたことで、技術的にも比較的容易にロケットを開発でき、それゆえに投資家からの信頼も集めることができ、その結果、急速な発展を遂げることができたと考えられる。
もっとも、弾道ミサイルをロケットに転用することは米露でも積極的に行われており、その運用や販売を民間企業が担当することも多い。たとえば米国ではオービタルATKが、退役した弾道ミサイルを宇宙ロケットに転用して打ち上げているし、ロシアや欧州がタッグを組んで行っている例もある。ワンスペースのやり方は、米露の前例にならったものとも言えよう。
ただ、退役してあまったミサイルではなく、現役のものを転用する例は少なく、それも民間に積極的に移転していくあたりは、米露の前例にはあまりない形ではある。