慶應義塾大学 医学部 耳鼻咽喉科学教室の小川郁教授、藤岡正人専任講師らは4月24日、生理学教室(岡野栄之教授)との共同研究で行ったiPS細胞を用いた研究の知見をもとに、Pendred症候群の難聴・めまいに対する低用量シロリムス療法の医師主導治験を、IoT機器活用したデータ登録システムを活用して実施すると発表した。
Pendred症候群とは、進行性の難聴やめまい、甲状腺腫を引き起こす遺伝性の病気。症状を正確に再現できる遺伝子改変マウスは作成できないうえに、障害の起きる「内耳」は非常に硬い骨に守られていることから、これまで有効な治療法や薬が確立されておらず、「希少難治性疾患」の1つに数えられている。
今回、研究グループでは、これまで説明が難しいとされていた同疾患のメカニズムについて、動物実験を行うことなく、iPS技術を用いて患者の内耳細胞をつくり、難聴ではない健常者の内耳細胞と比較して、患者の細胞がより死にやすいこと(細胞脆弱性)を明らかにした。さらに、免疫抑制やリンパ管脈管筋腫症という難病に用いられている既存薬「シロリムス」を、通常の1/10程度の量投与することで、細胞の脆弱性を改善できることがわかったという。
これらの研究をもとに、Pendred症候群の患者を対象として、シロリムス製剤を低用量で投与することの安全性の確認と、難聴・めまい発作(内耳障害の急性増悪症状)に対する有効性、および有効性評価法の探索を行う医師主導治験を実施することを決定した。その際、来院時の検査に加えて、いくつかのIoT機器を貸し出すことで、自宅における症状や体調の変化を日々記録する予定だという。
藤岡正人専任講師は「聴力は患者さまの体調によって変動の幅が大きく、昨日と今日の症状が必ずしも一緒とは限らない。月一程度の検査では現状の状態を把握できないということが課題だった。IoTを活用してデータを日々自動で収集することで、治験者への効果を検証できるだけでなく、カルテをデータ化する手間を省くことができる」と治験にIoTを活用する意味を説明した。
今回治験で用いられるのは4つの機器。まず、ジャイロセンサーが搭載されたジェイアイエヌのメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」だ。このデバイスを用いることで、体のふらつきを定量化。バランスをつかさどる内耳が正常に機能しているか判断する。
2つめはスカラが提供するワイヤレスフレンツェル眼鏡「AirMicroフレンツェル」。Pendred症候群でめまいの発作が起きたときは、特徴的な目の動きをするのだという。「AirMicroフレンツェル」に搭載されたCCDカメラで眼球の動きを記録し、めまいが起きているかを診断する。
3つめは健康診断でおなじみの聴力検査機だ。ヘッドフォンを耳に当てて、音が鳴っている間だけボタンを押すという検査を自宅で実施する。今回の治験ではリオンの提供しているポータブルオージオメータ「AA-58」を使う。
そして4つめは、上記機器のデータを収集するタブレット端末。Huaweiの「Android tablet」が貸し出される。BluetoothやWi-Fiで測定結果を受信したタブレットは、それらのデータを4G回線でデータセンターに送信するというわけだ。同タブレットで生活問診票の入力も実施する。
これら4つの機器を用いて、治験者は毎日就寝前にデータの収集を実施していく。
なお、治験期間は10カ月を予定。推定4000人いる患者のうち16人をエントリーし、治験への協力を仰ぐ。また、治験に参加する16人のうち、同意をもらえた患者からはiPS細胞由来の疾患内耳細胞をつくり、本人への薬の効果とiPS細胞への効果の比較も行うという。