地球は水の惑星だ。海から蒸発した水が雲を作って雨を降らせ、川となって海に注ぎ込む。私たちは陸上の生き物だから、水といえば海や川なのだが、じつは地球の内部でも水は重要な働きをしている。
地球の表面は、巨大な板状の岩盤に分かれている。ひびの入った卵の殻のような感じだ。このそれぞれを「プレート」といい、地球全体は十数枚のプレートで覆われている。プレートには「陸のプレート」と「海のプレート」がある。陸のプレートには大陸が載っていて、海底は海のプレートだ。この二つのプレートがぶつかると、海のプレートのほうが重いため、たいていは海のプレートが陸のプレートの下に潜り込む。海のプレートは、もともと海底なので、たくさんの水分を含んでいる。陸のプレートの下に潜り込むと、この水分が陸のプレートに移り、岩石は水と反応して熱で溶けやすくなる。こうして岩石が溶けて「マグマ」ができ、上昇して火山から噴出する。水あってのマグマなのだ。
もう一つある。地震と水の関係だ。海のプレートが陸のプレートの下に潜り込む「海溝」と呼ばれる部分では、大きな地震が頻発する。2011年の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震もそうだった。両方のプレートが接触するところが変形してひずみがたまり、いっきにもとの形に戻ろうとして地震を起こす。このように考えると地震はプレートの「力」の話だが、ここに水が介在する。プレートどうしは強く上下に押し付けあっているので、互いにずれようとする力がよほど大きくならなければ、動き出さない。つまり、地震は起きない。しかし、この部分に水が入り込むと、プレートどうしを浮かし、離してしまうような力が働く。ちょうど、上のプレートが軽くなってしまったのと同じ状態になり、ずれる力がとくに増したわけでもないのに、プレートどうしがずれる可能性がある。水によって巨大地震が起きるわけだ。プレート境界に限らず、地震を起こす地盤の割れ目は、水によってこのように弱くなると考えられている。
海溝で巨大地震が発生するようなところでは、「スロースリップ(ゆっくりすべり)」という現象が繰り返し起きている。プレートがその境界で急に動けばふつうの地震になるが、プレートどうしがゆっくり滑るスロースリップは、人知れず起きている。スロースリップが起きた部分ではひずみが解放されるが、その隣に動いていない「固着域」という部分があれば、そこにひずみが集中することになる。だから、スロースリップはひずみのたまり具合を考える際に重要なのだが、このとき水が移動して岩盤の状態を変え、それが別の地震を誘発する可能性があることを初めて指摘したのが、東京工業大学の中島淳一(なかじま じゅんいち)教授らの論文だ。スロースリップにともなう水の移動を観測データから明らかにした研究は、これが初めてだという。
中島さんらが注目したのは、茨城県南西部の地下だ。関東地方の下には、海のプレートである「フィリピン海プレート」が南から沈み込んできており、このプレートとその上の陸のプレートの境界で、小さな固着域がずれることによる地震が繰り返し起きている。2004年から2015年までに起きた地震のデータを使って、この境界のずれの速さと、その上方10キロメートルあたりの陸のプレート内部で起きる小さな地震の数を調べたところ、ずれのスピードが速いとき、上方で小さな地震が増えているという関係にあった。
この現象が、水の移動と関係があるのかを探るため、境界のずれの活発さと地震波が伝わる際の弱まり方の関係も調べた。水分の多い岩盤を伝わる地震波は、減衰しやすいからだ。すると、ずれのスピードが速いとき、その上側のプレート内部で、地震波が弱まりやすくなっていた。水浸しの岩盤を地震波が伝わったのだ。検討の結果、スロースリップをきっかけにプレート境界の水が上昇して広まった可能性が高いことが分かった。さきほどの結果と合わせると、スロースリップの発生で水が陸のプレート内部に上昇し、その結果として上方で地震が多発していた。地上から水を地下に注入する実験では、たしかに地震が誘発されている。ここでは、スロースリップにより移動した水が、地震を誘発していたのだ。
中島さんによると、この研究で対象にした茨城県南西部の場合は、水がプレート境界から上昇することができた。境界から上の部分が、水を通しやすかったからだ。では、もし水を通しにくかったらどうなるか。水は上昇することができず、プレートの境界面に沿って移動していく可能性がある。すると、これまでは固くくっついていた固着域が動きやすくなり、突然ずれて、巨大地震が起きるかもしれない。中島さんは、「プレート境界のスロースリップが、水の移動を促していることが分かった。プレート境界での地震発生を予測する際には、この点も考慮していく必要がある」と説明している。
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