理化学研究所(以下、理研)は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を用いて、電子の300倍の質量を持つ粒子を原子核に束縛させた「パイ中間子原子」という"奇妙な"原子を、従来の数十倍の時間効率で大量生成することに成功したと発表した。

同研究は、理研仁科加速器科学研究センタースピン・アイソスピン研究室の西隆博特別研究員、中間子研究室の板橋健太専任研究員、奈良女子大学理学部数物科学科の比連崎悟教授、鳥取大学農学部生命環境農学科の池野なつ美講師らの国際共同研究グループによるもので、同研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載されるのに先立ち、4月12日付けでオンライン版に掲載に掲載された。

パイ中間子原子とは、電子の代わりに「パイ中間子」という電子の300倍の質量を持つ粒子を原子核に束縛させた原子である。粒子の周回軌道の半径はその質量に反比例するため、パイ中間子は原子核表面をこするような軌道をとり、これを詳しく調べることで、原子核内部の情報を得ることができる。原子核内部は、水の約100兆倍という超高密度の世界で、パイ中間子原子を精密に調べることは、約138億年前に起こった大爆発(ビッグバン)による宇宙創生直後の超高温・高密度の世界から「真空」がどのように変化してきたかを解き明かす鍵となる。

国際共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」の「超伝導リングサイクロトロン加速器(SRC)」により、光速の約60%に加速した重陽子ビームを用いた。これにより、1秒あたり1012個(1兆個)に迫る大強度の重陽子ビームをスズ標的に照射し、パイ中間子原子を効率よく生成することに成功。その結果、約15時間という短い測定時間で、従来の数週間分に匹敵する約2万個のパイ中間子原子のデータが得られた。多くのパイ中間子原子を測定することで、データのばらつきを平均し、より精度の高い情報を得られるようになる。同研究により、パイ中間子原子を従来の数十倍の時間効率で大量生成し、パイ中間子原子の束縛エネルギーを高精度で決定することが可能となった。

今回の成果は、パイ中間子原子の生成メカニズムの詳細な理解につながるという。次のステップでは、より多くのデータによって原子核内のクォーク凝縮の減少率を高精度で決定する。現在、複数のスズ同位体(中性子数の異なる元素)を標的とした実験を計画している。中性子はパイ中間子と反発するため、中性子の数を変えることでパイ中間子の軌道が大きくなり、原子核表面付近の比較的密度の低い場所の情報を得ることができ、このような研究によって、クォーク凝縮の密度依存性を実験的に調べられると考えているとのことだ。