JRCSと日本マイクロソフト(日本MS)は4月6日、都内で記者会見を開き、海運・海洋産業でMR(Mixed Reality:複合現実)やAI(人工知能)などの最新技術を活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)により、同産業の働き方改革を推進するプロジェクト「Digital Innovation LAB」を開始すると発表した。

人材不足に対応するための一手

海に囲まれている日本では海外との貿易量の99.7%を海運が担っており、開運が日本の経済と生活を支える重要なライフラインとなっている一方で、海運・海洋産業では慢性的な船舶職員の不足と高齢化が課題になっているという。

グローバルで7000隻以上の船舶に動力システムや制御システムを提供しているJRCSでは開運・海洋産業の未来を見据え、人材不足の懸念や規制に守られてきた業態を変革するため、日本MSと連携し、DXによる働き方改革を推進することとなった。

今回、「Microsoft HoloLens」やクラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」のAIサービスなどを活用し、グローバルに展開する開運・海洋産業においてSTCW条約(The International Convention on Standards of Training, Certification and Watchkeeping for Seafarers / 船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)に準拠したリモートトレーニングプラットフォームなど世界標準となるデジタル製品やサービスの開発を行う。

JRCS 代表取締役社長の近藤高一郎氏は「海運・海洋産業では厳しい環境の職場として若年層に敬遠されている。船舶においても外国人乗組員が増加しており、日本人は人手不足となっている。これを解決するためには業界の内側から変革を起こすべきであり、MRとAIの活用による変革に取り組む」と、今回の連携について意気込みを語った。

  • JRCS 代表取締役社長の近藤高一郎氏

    JRCS 代表取締役社長の近藤高一郎氏

また、今回のプロジェクトの推進に向けて4月1日に「デジタルイノベーション推進室」を設置しており、デジタル製品の開発を推進し、顧客に新しい価値を提供する会社に変貌を遂げていくという。

2035年には船舶の完全自動航行を目指す

JRCSは、マイクロソフトがグローバルで提供しているHoloLensの開発プログラムを締結し、米国本社、日本マイクロソフトのエンタープライズサービス部門とともにコンセプトモデルを共同開発した。

現在、海洋事業者向け遠隔トレーニングソリューション「INFINITY Training」、海洋事業者向け遠隔メンテナンスソリューション「INFINITY Assist」、将来的な船舶の自動航行まで見据えた陸上での操船ソリューション「INFINITY Command」の3つのコンセプトモデルの開発を進めており、今後の実用化を目指すとともに、さまざまな活用方法を検討していく。

  • 3つのコンセプトモデル

    3つのコンセプトモデル

INFINITY Trainingは、MRやAIを活用した効果的な人材育成の仕組みを、船員や陸上で勤務する監督も含め、海運・海洋産業に携わる人に提供する。これまで同社では、下関本社にあるトレーニングセンターで、船員向けの専門トレーニングを提供してきたが、特に海外の顧客の参加が難しい状況にあったという。

そのため、MRを用いた空間共有や制御システムなどの製品とデジタルコンテンツの融合させる。また、Microsoft Translatorの翻訳機能も活用することで、多様な場所にいる船員が、いつでも、どこにいても、言語・時間・距離の壁を越えて、機器やシステムの操作などのトレーニングに参加が可能。2019年3月にサービスの開始を予定している。

  • 「INFINITY Training」のイメージ

    「INFINITY Training」のイメージ

INFINITY AssistはMRやIoT、AIなどを活用し、船員の負担やケガ、人的ミスを軽減するソリューションを開発・提供。船舶の特殊事情まで熟知したエンジニアのスキルを迅速に展開できるようにするという。

エンジニアが船舶のメンテナンスを行う際にHoloLensを装着すると、機器の上に作業手順などが表示され、より安全に短時間で作業を可能とし、JRCSの高圧配電盤のメンテナンスアプリケーションを2019年内に商品化し、2020年より順次コンテンツの拡大を図る方針だ。

  • 「INFINITY Assist」のイメージ

    「INFINITY Assist」のイメージ

INFINITY Commandは、IoT、AIなどの技術とビッグデータを活用することで、船舶操船を担うキャプテンが「デジタルキャプテン」として陸上から複数の船舶をコントロールする世界を想定し、日本MSと検証を進めていく。

デジタルキャプテンはHoloLensを通じて、遠隔地にいる他のデジタルキャプテンと3D海図を共有しつつ、航路や天候、海底地形などの情報をAIも活用しながら確認し、船舶の安全、海上輸送の正確性、効率性を確保でき、2030年に開始できるようプロジェクトを進め、2035年には船舶航行の完全自動化を目指す。

  • 「INFINITY Command」のイメージ

    「INFINITY Command」のイメージ

MRとAIの活用は働き方改革の最前線

日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野拓也氏は「今回、HoloLensが海運・海洋産業で活用されるのは初だ。最新テクノロジーを使ったDXの象徴的な取り組みである」と強調する。

  • 日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野拓也氏

    日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野拓也氏

そして「われわれのエンタープライズ部門のデジタルアドバイザーが顧客の経営方針などを理解し、テクロジーや要素技術がどのように確認されるべきかといったことをアドバイスしたり、プロジェクトを推進したりする。海運・海洋産業では海上と陸上で従業員が働いており、MR・AIの活用は一種の働き方改革の最先端だと考えている」と続けた。

  • デジタルアドバイザーの概要

    デジタルアドバイザーの概要

これまで、同社の働き方改革の支援はオフィスワークが中心になっていたが、今回は陸上、海上、国内外とさまざまな場所における業務が特徴的となっているため、今後はMRに翻訳サービス「Micrpsoft Transrater」や自動運航など、AIの技術要素を取り込んでいく考えだ。

平野氏は「MRとAIを活用することで、船員と地上スタッフがいつでも、どこでもつながることを可能とし、同じ空間を共有して仕事ができるようになる。今後は海運・海洋産業だけでなく、そのほかの産業でも活用できればと考えている」と述べてた。

  • 左から平野氏、近藤氏

    左から平野氏、近藤氏