Googleは4月4日、「現場で役立つ機械学習」と題し、同社六本木オフィスにて報道陣向けのセミナーを開催した。登壇したのは、福岡県田川市でクリーニング店を展開しているエルアンドエーの田原大輔 取締役副社長。AIの知識がなかった「素人」にも関わらず「無人クリーニング店」の実現を目指し、独学でシステムを開発する同氏は、機械学習を現場でどう役立てているのだろうか?

  • エルアンドエー取締役副社長の田原大輔氏

    エルアンドエー取締役副社長の田原大輔氏。機械学習には、Googleが提供している機械学習用のフレームワークである「TensorFlow」を活用している

なぜ、地方のクリーニング屋が機械学習を?

田原氏は、機械学習に取り組む理由について「地方の特性と業界の特性、そしてタイミングが要因」と語る。

エルアンドエーが店舗を構えている田川市は、過疎化、人口減少、高齢化が著しい。そのため、顧客の目を引くためのオシャレなお店を作っても、興味を長い間引くことはできない。多くの人は、オシャレな店に片道1時間かけて訪れるより、近場の行き慣れたクリーニング店に行ってしまうのだという。

「市場の縮小も、機械学習の業務への導入に至った理由の1つ」と田原氏。クリーニング業界の市場規模は、1992年の8170億円をピークに、2017年にはその半分以下の3473億円にまで縮小しているとのこと。

  • 田原氏が示す、クリーニング業界の特性。市場規模は年々縮小していることがわかる

「1店舗当たりの収益も減少してきており、店舗にスタッフを置くことが厳しくなってきていました。家庭用洗濯機も優秀なものが出てきており、利用頻度も減少し続けていくことが予想されます」(田原氏)。

こうした強い逆風の中、問題を解決するために田原氏が思いついたのが、現場でのITの活用だ。

「当時、我々は『脱電話』『脱メール』『脱エクセル』を掲げ、社内のIT化を推し進めました。しかし、社員の中ではITリテラシーに大きな差があったため、上手く移行ができませんでした。そのため、業務報告書を自動で作成してくれる数字に強いRPA(Robotics Process Automation)や、シフトの自動作成ツールなど、ITリテラシーの低い人でも簡単に使えるアプリの開発に着手しました」(田原氏)。

  • 田原氏が開発した、RPA(Robotics Process Automation)チャットボットの「SUZYさん」と「太志くん」。現場職員のITリテラシーを向上させることは難しいと判断し、IT活用が苦手な人でも簡単に使えるツールを開発するという手法をとった。これによって、バックオフィス業務はほとんどがチャットボット上で行われるようになったのだとか

このように、田原氏が店舗のIT化を推し進めているタイミングで、TensorFlowが公開された。そこで同氏は、人工知能の開発の経験はないものの、システムの独自開発を決意。人工知能を活用した無人店舗の実現を目指すようになった。

機械学習を始めて直面した4つの壁

実際にTensorFlowを用いた開発に着手すると、田原氏の目の前にはさまざまな壁が立ちはだかったという。大きいものだけでも、「課題発見」「データ発見」「機械学習」「実証実験」の4つの壁があった。

最初は、「やってみた」だけでは意味がなかったという壁に突き当たった。独学で(Youtubeなどを通して)機械学習を一通り学ぶことはできたが、課題設定が明確ではなかったため自社のユースケースに即したデータを用いての機械学習ができなかったのだという。次はデータ収集の段階での壁。ディープラーニングでは、膨大なデータが必要とされているため、データ収集およびデータの分類に手間がかかったとのこと。

  • 機械学習を始めて直面した4つの壁。明るさの都合で少々見えづらいが、左から「課題発見」「データ収集」「機械学習」「実証実験」の各項目で挫折を経験したという

その後も、課題も明確でデータも集めた状態で機械学習を試みるが、エラーに何度も見舞われたり、実証実験において機械学習のモデルが判断した後の処理や費用対効果を考慮しなければならなかったりと、多くの壁にぶつかった。

  • 機械学習を始めて、さまざまな困難を体験し、それを乗り越えてきた田原氏。なによりすごいのは、失敗しても立ち直る同氏のそのタフさであろう

「さまざまな壁を乗り越えながら、顧客がクリーニングに持ってきた商品(服)を画像認識によって、自動で判別するシステムを、まだベータ版ですが完成させることができました。今後はそれをどのような形で業務の中に落とし込んでいくか、これから実証実験を通して解決していく予定です」(田原氏)。

完成したシステムの実力は?

セミナーでは、田原氏が独自開発したシステムのデモンストレーションも行われた。同システムの機能は大きく、「来客検知」と、「商品検知」の2段階のフェーズに分かれる。

まず、来客検知フェーズでは、店舗に設置したカメラが数秒ごとに自動で、人がいるかどうかを確認するための写真を撮影し、指定ディレクトリへ振り分ける。その後、自動運転などで用いられる「Realtime object derection」を応用し、商品検知を実施。カウンターに置かれた洋服をあらかじめ設定された24種類に分類する。

  • 商品検知のイメージ。あらかじめ設定しておいた種類の洋服と、クリーニングに出された洋服との画像認識によって、瞬時に商品が検知される

    商品検知のイメージ。あらかじめ設定しておいた種類の洋服と、クリーニングに出された洋服との画像認識によって、瞬時に商品が検知されるようになった

  • 分類可能な商品の種類

    分類可能な商品の種類。得られたデータ量の差から、認識精度にはまだバラつきがあるそうだ

田原氏は今回開発したシステムに関して、「スーツやズボンなどの精度は高く、反応も早い。これは、クリーニングにこれらの服を出す人が多く、大量のデータを得ることができたためです。しかし、セーターやコートなどはデータが少ないため、まだ精度が低いのが現状です」と語る。より精度を高めるために、多くのデータを得る必要があるようだ。

まだまだ課題は多く残るものの、無人店舗の実現に向けて着実に歩みを進める田原氏。同氏が副社長を務めるエルアンドエーでは2018年4月より実証実験として、このシステムを用いた「無人クリーニング店」の運営を開始し、2019~2020年の本格営業を目指しているとのこと。

  • 2018年4月より、本店にて実証実験を開始

    田原氏が描く今後の展望。2018年4月より、本店にて実証実験を開始する

AI開発の「素人」でありながらも、多くの壁を乗り越え、無人店舗の完成を目指す田原氏。機械学習は、地方の抱える過疎化、人口減少、高齢化などの問題を解消するツールとなるのか。近い将来、「無人クリーニング店」がわたしたちの生活に溶け込む日が来そうだ。