理化学研究所(理研)は、次世代スーパーコンピュータ(スパコン)で、ヒトの脳全体の神経回路のシミュレーションを可能とする手法(アルゴリズム)の開発に成功したことを発表した。
この成果は、理研計算科学研究機構プログラミング環境研究チームの佐藤三久チームリーダー、來山至テクニカルスタッフI、情報基盤センター計算工学応用開発ユニットの五十嵐潤上級センター研究員らの国際共同研究グループによるもので、スイスのオンライン科学雑誌「Frontiers in Neuroinfomatics」に2月16日付けで掲載された。
脳を構成する主役である神経細胞は、電気信号を発して情報をやりとりする特殊な性質を持つ。その数はヒトの大脳で約160億個、小脳で約690億個、脳全体では約860億個にのぼり、神経細胞同士はシナプスでつながり合い、複雑なネットワーク(神経回路)を形成している。しかし、現在の最高性能のスパコンをもってしても、ヒトの脳全体の規模で神経細胞の電気信号のやりとりをシミュレーションすることは、不可能である。
今回、国際共同研究グループが開発に成功したのは、スパコンで脳内の神経回路を構築する新しいアルゴリズム。シミュレーションの開始時にあらかじめ計算ノード間で、電気信号を送る必要があるかないかの情報を交換しておくことで、それぞれの計算ノードが必要とする電気信号のみを送受信できるため、無駄な送受信がなくなった。
このほか、電気信号を神経細胞に送るか送らないかを判定するメモリも不要になった。これらの工夫により、神経回路の規模が大きくなっても、1計算ノードあたりのメモリ量は増えず省メモリ化を実現している。
新アルゴリズムの導入によって、次世代スパコンを用いて脳全体のシミュレーションが可能となるうえ、従来のスパコンを用いた脳シミュレーションも高速化できる。2014年、ユーリッヒ研究センターのスパコンJUQUEENで行われた5億2000万個の神経細胞が5兆8000億個のシナプスで結合された神経回路のシミュレーションは、1秒間分の神経回路のシミュレーションに28.5分を要したが、同じシミュレーションを新アルゴリズムで実行したところ、5.2分(18%)に短縮されることが分かった。
開発した新アルゴリズムにより、最新のマイクロプロセッサの高い並列演算性能をより活用できる。今後、次世代のハードウェアと適切なソフトウェアを組み合わせることで、数分間の時間スケールで起こるシナプス可塑性や学習のような脳機能に関する研究が可能になると考えられる。
この成果により、次世代スパコンによるヒトの脳全体の神経回路のシミュレーションが可能となり、運動制御や思考の情報処理機構の解明に貢献すると期待できる。
なお、この新アルゴリズムは、オープンソースとして一般公開されているNESTの次期公開版に搭載する予定ということだ。