欧州原子核研究機構(CERN)は、反物質を長期保存・輸送する技術の開発を進めている。陽子の反粒子である反陽子を生成・捕獲した後に別棟の実験施設に輸送し、反陽子と原子核の衝突実験などを行う計画であるという。
反物質は物質に接触した瞬間に対消滅してしまうため、実験に必要な量の反物質を作り出し、一定時間保存しておくことが非常に難しい。しかしCERNはこれまでに、水素の反物質である反水素などの生成に成功しており、磁場トラップ中に反水素を保存して、反物質研究のためのさまざまな実験に利用できるようになっている。
現在計画されている反物質研究プロジェクト「PUMA(antiProton Unstable Matter Annihilation)」では、実験施設「ELENA」において、陽子の反粒子である反陽子をこれまでで最大となる10億個捕獲し、これを数週間にわたって保存することを目指している。
保存された反陽子は、ELENAから数百メートル離れたイオンビーム施設「ISOLDE」まで車両に積み込んで運搬される。ISOLDEでは、反陽子を放射性原子核に衝突させることで特異な原子核現象の研究を行うという。
反陽子を長期保存・輸送する際には、「二重ゾーン」と呼ばれる長さ70cmの捕獲器が使用される。この捕獲器は重さ約1トンの超伝導ソレノイド電磁石内部の超高真空(10-17mbar)・極低温(4K)条件下に置かれることになる。二重ゾーンのうち、「ストレージゾーン」と呼ばれる部位に反陽子を捕獲し、「第2ゾーン」と呼ばれる部位で放射性原子核と衝突させる。
放射性原子核のほうはISOLDE側で生成するが、短時間に崩壊してしまうため他の施設に輸送して研究することができない。このため、反陽子のほうを輸送する必要がある。
同プロジェクトでは、反陽子と原子核の衝突時に放出されるパイ中間子を測定することによって、放射性原子核の特性を調べることを目指す。この測定実験によって、反陽子が原子核中の陽子あるいは中性子と接触して対消滅する頻度を測り、それを手がかりにして原子核表面での陽子および中性子の相対密度を調べることが計画されている。
この相対密度を調べることで、原子核表面で陽子よりも中性子の密度が極めて高くなる中性子スキン現象や、原子核の周囲に中性子や陽子が広がったハロー現象などが起こっているかどうかを知ることができるという。
現在、反物質研究に必要な低エネルギーの反陽子を生成できるのは、世界中でCERNの反陽子減速器だけであるが、同プロジェクトで反陽子の長期保存・輸送技術を実現することによって「反物質の利用の民主化が促される可能性がある」とプロジェクトリーダーの物理学者Alexandre Obertelli氏(ダルムシュタット工科大学)はコメントしている。
実験に必要なソレノイド電磁石、捕獲器、検出器は今後2年間で開発する計画であり、2022年に最初の反陽子-原子核衝突実験を実施することを目指す。