米宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏は2018年3月11日(米国時間)、テキサス州オースティンで開催中のイベント「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)に登壇し、事業の現状や今後の展望について語った。
この中でマスク氏は、同社が開発中の巨大ロケット「BFR」について、来年(2019年)の上半期にも、宇宙船の部分のみの短時間の試験飛行や、垂直離着陸の試験を行うことができるだろうと発言。また打ち上げコストや打ち上げ時期などについても明らかにした。
BFRとはどんなロケットなのか?
BFR(Bog Falcon Rocket)は、2017年9月に開発が発表された巨大ロケットで、全長約106m、最大直径は約9mもあり、実現すれば史上最大のロケットになる。地球低軌道に最大約150トンのペイロードを打ち上げることができ、打ち上げ能力も史上最強になる。
宇宙船部分は約100人の乗客と物資を乗せ、軌道上で推進剤の補給を受けるなどした後、月や火星への往復飛行ができるようになっている。
スペースXはこのBFRによって、設立以来の目標である火星への人類移住をはじめ、月への有人飛行に活用するほか、その強大な打ち上げ能力を活かして、巨大な人工衛星を打ち上げたり、大量の衛星を一度に打ち上げたりと、現在運用中のロケットを代替することを見込んでいる。さらに、飛行機よりも早く世界各地を結ぶ旅客機として活用することも考えられている。
BFRは、ロケットの第1段となるブースターと、第2段を兼ねた宇宙船の、大きく2つの部分から構成されている。ブースターは、現在同社が運用する「ファルコン9」のように垂直着陸・回収が可能で、いっぽうの宇宙船も大気圏再突入を経て、垂直に着陸し、回収することができるようになっている。
回収したブースターと宇宙船は何度も繰り返し再使用し、1回の打ち上げあたりのコストを大きく引き下げることを狙っている。
すでに、ブースターと宇宙船に使う新型の強力なロケットエンジン「ラプター」の開発が進んでおり、昨年から燃焼試験も始まっている。
2019年上半期に垂直離着陸の飛行試験
そしてマスク氏は、今回のSXSWの講演の中で、「すでに、火星などへ飛行できる最初のBFRの建造を始めています。ブースターも宇宙船も順調に開発が進んでおり、設計も進化しています」と明らかにし、そして「おそらく来年の上半期にも、短時間の試験飛行や、垂直離着陸する試験を行うことができるでしょう」と続けた。
スペースXはファルコン9を着陸・回収するための開発でも、まずは試験機を垂直離着陸させるところから始めており、そのやり方を踏襲する形になる。
試験場所は現在、テキサス州の最南にあるブラウンズヴィルのボカ・チカで建設が進んでいる同社の新しい発射場か、もしくは洋上に浮かべた船から船へ、飛行して乗り移るような形での試験になるという。
また、今年2月の記者会見でマスク氏は、この試験では高度数kmまで上昇し、宇宙船の飛行、着陸に必要な技術を試験すると語っていたが、今回の講演では「宇宙船のみでも地球周回軌道に乗れるだけの性能があるため、ゆくゆくは軌道から帰還する技術、とりわけ耐熱シールドの試験をしたい」とも語られた。
本格的な初飛行は2022年以降に?
SXSWでマスク氏が発言するいっぽう、12日から開催されている宇宙業界の大きな会議「サテライト2018」(Satellite 2018)では、スペースXのグウィン・ショットウェル社長兼COOも、BFRについて語った。
ショットウェル氏は2020年にも、ブースターと宇宙船の両方からなるBFRが、初の軌道飛行を行える可能性があると語っている。
いっぽうマスク氏は、先月の記者会見で「BFRの初の軌道飛行は今から3~4年後」、つまり2022年から2024年になるかもしれないと発言し、このショットウェル氏の発言よりもやや慎重な態度を取っている。
この見通しを遅らせた理由についても、マスク氏はSXSWの講演の中で明らかにした。
これまでスペースXの事業は、当初の見込みやマスク氏の発言から大きく遅れることが常で、まさに「予定は未定」だった。たとえば、超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の初飛行は当初の予定から4年遅れ、有人宇宙船「ドラゴン2」の初飛行もすでに1年以上遅れるも、まだ実現していない。そのため「マスク氏の語るスケジュールは楽観的すぎる」という批判もあった。
マスク氏はそうした声を受け、「考えを再調整することにした」のだという。
ちなみにマスク氏は昨年、BFRを発表した際、マスク氏は火星への飛行時期について「2022年に無人飛行を、2024年に有人飛行を」という見通しを語っていた。2月の会見でも、今回の講演でも火星飛行の時期については明言はなかったが、軌道飛行の時期が遅れると考えている以上、火星飛行も遅れる見通しなのだろう。
BFRの打ち上げコストは600万ドル未満
マスク氏はまた、BFRの打ち上げ1回あたりのコストについても明らかにした。
「BFRを完全かつ素早く再使用したとすれば、1回の飛行あたりのコストを大幅に削減することができます」と前置きした上で、「『ファルコン1』(かつてスペースXが運用していた小型ロケット)よりも安く、おおよそ500万ドルから600万ドル(現在の為替レートで約5.3億円から6.4億円)未満になるでしょう」と語った。
現在のファルコン9の打ち上げ価格が6200万ドルなので、約10分の1。打ち上げ能力の違いを考えると、約70分の1という見方もできる。
ただ、マスク氏が言うように、これはBFRを繰り返し何度も、それも高い頻度で再使用した上での数字であり、効率よく再使用できなかったり、あるいはそもそも再使用できなかったりすれば、打ち上げコストは当然高いままになる。
現在スペースXでは、その試験も兼ねて、「ファルコン9 ブロック5」と呼ばれる、ファルコン9の改良型の開発を進めている。ブロック5では、機体を再使用しやすくするためのさまざまな改良が施されており、大掛かりなメンテナンスなしで再使用できる回数が増え、さらに再使用にかかる時間も、これまで数か月かかっていたところを、最短で24時間にまで縮めることができるという。得られた実績やノウハウは、BFRの開発や運用にも還元されることになる。
ブロック5は早ければ今年4月にも投入される予定で、ファルコン9の改良や仕様変更は終わりとなり、人員や設備はBFRの開発に振り分けられることになっている。
マスク氏は「再使用性は、ロケットにとってきわめて重要なものです。そして必要なブレイクスルーでもあります」と語り、再使用の重要性を改めて語った。
参考
・Elon Musk Answers Your Questions! | SXSW 2018 - YouTube
・Mars | SpaceX
・Musk: Atmospheric tests of interplanetary spaceship could happen next year - Spaceflight Now
・Musk reiterates plans for testing BFR - SpaceNews.com
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info