2017年11月、シンガポールに登記上の本社を置く、通信インフラ用半導体の雄であるBroadcomが、スマートフォン用アプリケーションプロセッサのトップ企業、米Qualcommを1170億ドルという巨額での敵対的買収提案を発表していたが、トランプ大統領は3月12日(米国時間)、国家安全保障を理由に、この買収を禁止する大統領令を発令し、即日発効した

両社がまだ買収に合意もしていない案件に対して米国政府が介入するのは異例のことである。2017年11月、Broadcomの社長兼CEOであるTan氏は、ホワイトハウスのトランプ大統領を訪れ、税務対策上シンガポールに置いていた本社機構を米国に近いうちに戻すことを報告し、大統領も「Broadcommが米国に戻ってくる」との発表をしていた

この訪問は、BroadcomがQualcommへの買収提案を発表する直前の巧みな布石だったと後日評判になった。しかし、事態は一転し、今回、Broadcomにとって予想だにしなかったきわめて厳しい統領令が極めて迅速に出されたこととなった。

この理由を探るために、過去の経緯を簡単に振り返ってみたい。Qualcommは、Broadcomの提示した評価額は、Qualcommの企業価値を低く見積もりすぎているとして買収に反対を表明しており、水面下で買収価格交渉を進めてきたが、Qualcommは最終的に3月6日の株主総会で売却について審議し議決することになっていた。そうした動きを受けたBroadcomは大口株主から着々と委任状を取り付け優勢な状況を築いていた。

しかし、株主総会直前になって、対米外国投資委員会(CFIUS)が、この買収はシンガポール籍の外国企業の米国企業買収であるので国家安全保障上の理由で審議する必要があるため、株主総会を30日延期するように異例の指示を出したことから、株主総会は4月5日へと延期となった。Broadcomは、まだ買収で両社合意もしていない案件にCFIUSが介入するはずはないと思っていたが、実は危機感を強めていたQualcommが密かにCFIUSに審査依頼をし、決着の先延ばしを図ろうとしていたと言われる。通常は、両社が合意後、買収する側がCFIUSにお伺いを立てるのが筋である。

突然のCFIUS介入に慌てたBroadcomは5月に予定していた米国への本社移転を前倒しして、Qualcommの株主総会直前の4月3日に完了させ、株主総会で審議・議決の際に、Broadcomが外国籍であることが問題にならぬように手を打った。しかし、この間、CFIUSは前例のないほどの速さで審査を終了、大統領に買収禁止命令を出すように進言し、今回の大統領令発令に至った。トランプ大統領は発令に際し「Broadcomが米国の安全保障を脅かす行動をとりかねないと信ずるに足る確かな証拠がある」と表明している。どういうことか?

CFIUSによれば、BroadcomのTan社長の株価つり上げの経営手法は、短期利益を重視するあまりに長期の研究開発がおろそかになることが懸念され、Qualcomm買収後、同社の研究開発費が削減されれば技術力が長期的に弱まり、5GでQualcommと競争するHuaweiなど中国勢の台頭を許し、米国の安全保障を脅かすとしている。CFIUSは、Qualcommを世界の5G開発・導入を先導し、国防総省と信頼のある取引をしている国家安全安保上の重要企業と位置付けており、Qualcommが弱体化すれば、5G基盤構築で中国勢の影響力が増してしまうとして、中国勢の脅威を強調している。Broadcomが通信インフラ向け半導体ビジネスで世界的な通信インフラ大手のHuaweiを大口顧客にかかえ、親密な仲であることも米国政府に嫌われた一因のようである。

大統領令は、反論が許されない絶対的な命令であるが、Broadcomは12日、「Qualcomm買収が米国の国家安全保障の懸念を生むという見方に強く異議を唱える」との声明を発表した。一方、QualcommはCFIUSの調査で4月5日に延期していた年次株主総会を3月23日に設定しなおした。大統領令により、Broadcomへの売却案件を審議し議決する必要がなくなったためである。

今回の大統領令は、Broadcomよりは、5Gで台頭しようとしている中国勢を標的にしている感があり、これで、中国勢の米国半導体、製造装置、材料メーカーの買収はまったくできなくなったという見方が有力である。今回の大統領令は、まだ両社がまったく合意もしていないM&Aに対する案件に対する禁止命令であり、その審査の驚くべき速さという点でも異例である。その一方で、Intelは中国紫光集団と5Gスマートフォンプラットフォームを共同開発し、5G分野の長期的協業契約を2月22日《米国時間》に発表している

今回の政府判断は、米国半導体業界関係者の間でも、「保護主義丸出しで自由な競争を阻害しており行き過ぎである」といった声や「無理やり理由をこじつけた言いがかり」とみる向きもあるが、米国政府が5G分野での中国勢の台頭を脅威ととらえている姿を世界に印象付けたと見ることもできる。今後、Broadcomが米国企業に戻った後、どのような行動に出るかが注目される。