マサチューセッツ工科大学(MIT)とアリゾナ州立大学(ASU)の研究チームは、ビッグバンから1億8000万年後という初期宇宙に存在した水素の痕跡を発見したと発表した。これまでに見つかった最古の水素になるという。観測データは、この時期の宇宙の温度が従来の予想より低かったことを示唆しており、宇宙の進化をめぐる理論に影響を及ぼす知見になるとしている。研究論文は科学誌「Nature」に掲載された。
研究チームは、オーストラリア西部に設置したテーブルサイズの小型アンテナを使って、「宇宙の再イオン化(EoR:Epoch of Reionization)」と呼ばれる時期の宇宙を観測するプロジェクト「EDGES(Experiment to Detect Global EoR Signature)」を実施していた。
宇宙の再イオン化とは、宇宙で最初期の天体が形成され、天体から放射される電磁波(紫外線やX線など)によって周囲の物質がイオン化されていく現象である。アンテナ設置場所に選ばれたオーストラリア西部は、観測上のノイズとなる人工の電波がほとんど届かない地域であり、そこでEoR由来の微弱な電波を捉えることを目指した。研究チームは、このEDGESプロジェクトにおいて、宇宙最初期の星が発する紫外線によってエネルギー状態が変化した水素に由来すると考えられる電波を捉えることに成功したと報告している。
宇宙に天体が形成される以前の「暗黒時代」と呼ばれる時期には、水素の存在を周囲の宇宙マイクロ波背景放射(CMB)から区別する観測手段はないと考えられている。
一方、天体の形成後には天体が放射した紫外線を水素が受けることになる。水素のエネルギー状態には、水素原子内の電子のスピン方向と陽子のスピン方向が揃った状態と、2つのスピン方向が逆向きになっている状態の2種類があり、紫外線を受けることで一方のエネルギー状態から他方のエネルギー状態への遷移が起こる。このとき水素は「21cm線」と呼ばれる波長21cmの電磁波を放射または吸収することになる。水素が電磁波を吸収する場合にはCMBが減光することになるので、これを観測することで水素の存在を見つけることができると考えられる。
波長21cmの電磁波は周波数に変換すると1420MHzということになるが、電磁波が遠くの宇宙から地球に届くときには宇宙膨張の影響を受けて周波数は赤方偏移し、低周波側にシフトする。このため地上の電波望遠鏡で観測される21cm線の周波数は100MHz台になると考えられる。
研究チームは宇宙の最初期に存在したと考えられる水素の痕跡を見つけるため、まずはEDGESプロジェクトのアンテナを周波数範囲100~200MHzにチューニングして観測を開始したが、この範囲では求めている電波を捉えることはできなかったという。
宇宙論のモデルによれば、原初の水素ガスが周囲の物質よりも高温である場合には、この周波数100~200MHzの電波が観測されるはずである。しかし、もしも水素ガスが低温である場合には周波数の範囲は50~100MHzに下がるはずである。このこと気づいた研究チームは、アンテナの設定を低周波数側にチューニングし直して再度観測を行ったところ、周波数78MHzあたりで水素の21cm線とみられる信号を検出することができたという。
78MHzへの周波数シフトは、この電波がビッグバンからおよそ1億8000万年後に発せられたものであることを意味している。水素ガスから発せられた信号としては、観測史上最古のものであると考えられる。
また、21cm線の信号が予想よりも低周波側に大きくシフトしていたことは、水素ガスの温度(したがってビッグバン後1億8000万年が経過した時期の宇宙の温度)が絶対温度3K程度で、従来考えられていたよりもかなり低かった可能性があることを示唆している。宇宙初期の温度がこのように低温になる理由については、ダークマターとの相互作用が何らかの役割を果たしている可能性なども指摘されているが、現時点でははっきりした結論が出ていない。