地球の気温を温度計できちんと測れるようになったのは、せいぜいここ100年くらいのことだ。それより昔の気温を知りたければ、科学者たちは代用品を探す。四季のある地域なら、木を切り倒して年輪を調べる。木は暖かいと成長が速いので、年輪の幅は当時の気温を反映する。年輪の幅が狭ければ、当時の気温は低かったと推定できる。もっと古い時代の気温なら、南極などの氷床を掘り出して、その成分を調べる方法などもある。

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    写真 海中で生育しているサンゴ(左)と、骨格だけが残った「化石サンゴ」(高田さんら研究グループ提供)

過去の海水温を推定するための素材として、ここ20年ほどでよく使われるようになってきたのがサンゴだ。サンゴはイソギンチャクに似た柔らかい生き物だ。そのなかの「造礁サンゴ」という種類は、個々の小さなサンゴがたくさん集まって岩のような骨格を自分たちで作り、その上に付着して生きている。骨格の上にまた骨格を重ねて成長していくので、ちょうど木と同じような年輪ができる。これが古さの目安になるので、とても便利だ。

サンゴの骨格は、炭酸カルシウムでできている。二枚貝の殻などと同じだ。この炭酸カルシウムを作っている酸素が、骨格を作ったときの海水温を反映している。自然界の酸素には、軽い酸素(酸素16)と重い酸素(酸素18)がある。自然界では、その99%以上が酸素16だ。水は酸素と水素が結びついてできているので、水にも、軽い水と重い水があることになる。水は軽いほうが蒸発しやすい。海から蒸発した水が雨になって海に戻ってくるならば、海の水を構成する軽い水と重い水の割合は変わらないはずだ。しかし、地球の気温が低くなり、降ってくる水が氷河として陸地にとどまると、重い水が海に余計に残ることになる。つまり、地球の気温が低いと、海に含まれる酸素18の割合が高くなる。サンゴの骨格を作る炭酸カルシウムにも、多く取り込まれる。このほか、骨格に含まれているストロンチウムとカルシウムの量的関係も、水温の推定に使われる。試料には、ごく最近まで生きていた長寿のサンゴを使うこともあれば、かなり昔にサンゴは死んで骨格だけが残った「化石サンゴ」を使うこともある。

ただし、こうしてサンゴを使うには、大切な前提条件がある。サンゴ骨格の成分が、その骨格ができたときから変わっていないという前提だ。じつは、サンゴ骨格の炭酸カルシウムは、時間がたつと少し変質する。生きたサンゴが作る骨格は「アラゴナイト」という種類の炭酸カルシウムでできているが、これが「カルサイト」という別の種類の炭酸カルシウムに変わる。このとき、酸素16と酸素18の割合やストロンチウムの濃度が変化してしまう。したがって、このサンゴ骨格を使うと、海水温の推定に狂いが出る。全体の1%がカルサイトに変わっていると、海水温の推定値が1度くらい狂うと指摘している研究論文もある。海水温にとって、「1度」はけっして小さな値ではない。太平洋赤道域の海水温が平均からずれる「エルニーニョ」「ラニーニャ」は、0.5度の水温差で判定される。だから、過去の水温を復元するには、できるだけ変質の少ないサンゴ骨格を使いたい。

産業技術総合研究所の高田徳幸(たかだ のりゆき)主任研究員らの研究グループは、サンゴ骨格から1%以下のわずかなカルサイトを検出できる方法を開発して論文にまとめ、このほど発表した。これまでの方法だと1~2%が限界だった。高田さんらが使ったのは「熱ルミネッセンス」と呼ばれる方法だ。サンゴの骨格には少量のマンガンが含まれている。骨格を砕いてガンマ線を当て、その後に熱すると、マンガンはごく弱い光を出す。その光の成分が、マンガンがアラゴナイトに含まれている場合とカルサイトに含まれている場合とで違う。カルサイトの含有量が1%以下でも、この微弱な光を検出することができた。

高田さんによると、今回の研究結果は、サンゴ骨格を使って昔の海水温を推定したこれまでの研究に影響を与える可能性もある。1%以下のどれくらい微量なカルサイトを検出できているのかを、さらに精査しているという。

高田さんの専門は、サンゴではなく材料の研究だ。サンゴに詳しい同じ産業技術総合研究所・海洋環境地質研究グループの鈴木淳(すずき あつし)研究グループ長、弱い光を測定できる装置を開発した上島製作所との共同研究が、今回の成果につながった。

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