ハワイ島のマウナケア山頂、標高約4200メートルの高地に建設された国立天文台の「すばる望遠鏡」は、1999年1月から観測を開始した。宇宙から降ってくる光を、複数の鏡を組み合わせた直径8.2メートルの凹面鏡で集める。この直径は世界でも最大級で、暗いわずかな光でもキャッチすることができる。こうして集めた光を一点に集め、そこにセンサーを置いて記録する。研究対象により、使う光の種類が違う。使うセンサーも違う。国立天文台や東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)、高エネルギー加速器研究機構などが開発した「超広視野主焦点カメラ(HSC)」もそのひとつ。2013年度から開始した観測の最初の2年間で得られたデータに基づく成果がこのほどまとまり、日本天文学会欧文報告の特集号として刊行された。
すばる望遠鏡に取り付けたHSCの強みは、広い視野に散らばる暗い天体を、高解像度で撮影できることだ。いちどに撮影できる視野の面積は満月の9個分。暗くて遠い天体は、そこから地球に光が届くまでに長い時間がかかっているので、それはすなわち、はるか過去の天体を見ていることになる。観測データは、国立天文台などの国際チームが解析した後に公開され、それぞれの研究者が思い思いに自分の研究を進めている。日本天文学会の特集号には、40編の論文が収録された。
国立天文台の宮崎聡(みやざき・さとし)准教授によると、大きな成果のひとつが、宇宙に広がっている「ダークマター」についての研究結果だ。宇宙には、正体不明の「ダークマター」が広がっていると考えられている。宇宙の膨張、収縮に影響を及ぼす重要な物質だが、目に見えないし観測しようがない。すばる望遠鏡のHSCは、遠くて暗いものを含め、多数の銀河を捉えている。銀河の光が地球に届くとき、その途中にダークマターがあると、その質量(重さ)で光がゆがむ。そのゆがみをもとに、宇宙空間にどのような濃さでダークマターが分布しているかを計算し、立体地図を作った。宮崎さんによると、ダークマターは、お互いの質量で引き付けあって、過去から現在に向けて時間とともに濃淡を作るようになる。そのでき具合が、宇宙の膨張に関係するという。宇宙の将来を考えるための基本地図ができたことになる。
村山斉(むらやま ひとし)カブリIPMU機構長は、HSCの観測を、生命科学の「ゲノム計画」になぞらえる。遺伝子の部品であるゲノムをすべて明らかにしておけば、そこから、さまざまな科学研究を発展させることができる。ゲノム情報という素材はそろっているのだから、そこから新しい科学の成果を生み出すのは、研究者の腕しだいともいえる。HSCも、それに似ている。宇宙の銀河を、将来の研究に耐える高い精度で網羅的に観測しておく。そこから研究の種を見つけ、必要があれば、目的の狭い領域を別の望遠鏡でさらに観測する。村山さんは「あと20年は世界のトップを走り続ける望遠鏡だ」と話している。
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