京都大学(京大)は2月23日、野外観察によるテングザルの生態や形態データ、雄の鳴き声と鼻の形態に着目した研究により、テングザルが形成する特殊な社会性が雄間競争の発端となり、雌の雄選択が加速することで特異な鼻へと進化したという進化のシナリオを解明したと発表した。

同成果は、京都大学 霊長類研究所の香田啓貴 助教と中部大学 創発学術院の松田一希 准教授、および国内外の動物園、研究機関からなる国際共同研究グループによるもの。詳細は、米国科学誌「Science Advances」(オンライン版)に掲載された。

  • なぜテングザルの鼻は長い?

    天狗の雄の体重は約20キロ、雌はその半分くらいの重さしかない。長く大きな鼻をもつのは雄だけの特徴だ (出所:京都大学Webサイト)

テングザルは、名前の由来にもなっている天狗のように長く大きな鼻が特徴的なサルで、東南アジアのボルネオ島の沿岸部、川沿いに広がる密林にのみ生息し、絶滅危惧種に指定されている。これまで、テングザルがなぜこのような奇妙な形態進化をとげたのかはわかっていなかった。

研究グループは10年以上にわたり、野外観察によるテングザルの生態や形態データを蓄積してきた。研究グループは、野外観察に基づく経験から、テングザルの雄の鳴き声と鼻の形態にも着目して研究を続けたところ、野生テングザルの雄の鼻のサイズと体重、睾丸容量に正の相関関係を発見した。さらに、野生のテングザルはハーレム型の群れ(1頭の雄、複数頭の雌とその子どもたちからなる)で暮らしており、ハーレム内の雌の数は、大きな鼻を持っている雄ほど多いことも明らかになった。

そのほか、テングザルの雄が鼻を使って、雌を魅了するようなより低い鳴き声を発していることも発見。つまりテングザルの雄の声の低さは、雄の肉体的な強さと(体格の大きさ)、高い繁殖能力の証であり(大きな睾丸)、雌を魅了するための大きな武器になっていることが考えられる。

うっそうと茂る熱帯林では、雌は視覚だけに頼って優れた雄を見極めるのは難しく、鼻の大きさや体格という見た目だけに頼らない音声という聴覚的シグナルも、雌が雄を選択するための重要な要素になっている。また、鼻の大きさや音声というわかりやすいシグナルで、雄は互いの強さを間接的に認知することで、雄同士の雌をめぐる無駄な争いを回避していると考えられるいう。その結果、同研究について研究グループは、霊長類の雄に特徴的な「男らしさ」の進化過程において、形態やコミュニケーション、社会生態学的な要素が相互作用し鼻の肥大化を加速させた進化のシナリオを評価したものとなると説明している。

なお、研究グループは今回得られた成果に関して、「テングザルの鼻を見れば、誰しもあの奇妙な鼻はどんな役に立つのだろうと思うはず。今回、その素朴な疑問に向けて、たくさんの研究者の協力を得て達成することができた。今後は、テングザルがどのように大きな鼻を見ているのかなどについて、より詳しく調査していく予定」とコメントしている。