空気で膨らむ宇宙ステーションを開発している、米国の宇宙企業ビゲロウ・エアロスペース(Bigelow Aerospace)は2018年2月20日、自社で開発した宇宙ステーションの運用、販売などを行う新会社「ビゲロウ・スペース・オペレーションズ」(BSO:Bigelow Space Operations)を設立したことを発表した。

ビゲロウ・エアロスペースは、2021年にも2機の宇宙ステーションの打ち上げを計画しており、2022年には月を周回する軌道にも打ち上げることを計画している。

世界初の商業宇宙ステーションの誕生により、宇宙の利用やビジネス化、そして宇宙旅行の実現が加速するかもしれない。

  • ビゲロウ・エアロスペースが開発している宇宙ステーション「B330」

    ビゲロウ・エアロスペースが開発している宇宙ステーション「B330」。今回設立されたビゲロウ・スペース・オペレーションズは、こうした宇宙ステーションの運用や販売を行う (C) Bigelow Aerospace

ビゲロウの宇宙ステーション

ビゲロウ・エアロスペースは、ホテル王として知られる大富豪ロバート・ビゲロウ氏が1999年に立ち上げた宇宙企業で、宇宙ホテルや宇宙実験場として利用できる、商業宇宙ステーションの建造を目指している。

同社の宇宙ステーションの特徴は、空気で膨らむ方式を採用していることにある。従来のような金属製で筒状をした宇宙ステーションの場合、ロケットで打ち上げられる大きさに制約があった。しかしこの仕組みなら、どんなに大きくても、打ち上げ時にはしぼませてコンパクトにできるため、これまでは実現できなかったような大きさ、広さの宇宙ステーションを造り出すことができる。

機体には防弾チョッキなどに使われる強靭な素材を使っていることから耐久性も十分で、すでに小型の無人試験機を打ち上げ、その技術と耐久性を実証。同社は「金属製の宇宙ステーションよりも頑丈だ」と主張している。

さらに2016年には、「BEAM」と名づけられた新しい試験機を国際宇宙ステーション(ISS)に結合し、より本格的な試験を始めた。展開は成功し、実際に中に宇宙飛行士が入るなど、試験は順調に進んでおり、当初の運用予定期間である2年を大きく超え、2020年まで運用することが決まっている。

  • 国際宇宙ステーションに結合された「BEAM」

    国際宇宙ステーションに結合された「BEAM」。展開に成功し、中に宇宙飛行士が入るなど、試験は順調に進んでいる (C) NASA

商業宇宙ステーション「B330」とBSO

ビゲロウ・エアロスペースではこうした成果を踏まえて、より大型の、そして実際に宇宙旅行客や実験機器を受け入れられる本格的な宇宙ステーションとなる、「B330」の開発を進めている。

大きさは直径6.7m、全長16.8m。名前の330というのは居住空間の内容積である330m3のことで、これはISSの与圧部(人が居住できる場所)の、3分の1の広さにまで匹敵する。ステーションには一度に最大6人が滞在することができ、ISSなどの1モジュールとしてはもちろん、太陽電池やエンジン、そして生命維持装置なども搭載しているため、独立した宇宙ステーションとして運用することもできる。

同社は2021年に、2機のB330を地球低軌道に打ち上げることを計画しており、2022年ごろには月を回る軌道にも打ち上げると発表している。

さらに将来的には、ISSの2.4倍もの広さをもつ、より巨大な「B2100」という宇宙ステーションの打ち上げも計画している。

今回設立が発表された新会社「ビゲロウ・スペース・オペレーションズ」(BSO:Bigelow Space Operations)は、こうした宇宙ステーションの運用、そして滞在、利用のサービスを販売することを目的としている。まずは米国航空宇宙局(NASA)のような国の宇宙機関が有人宇宙活動を行う場として、また民間企業などの宇宙実験の場としての利用を考えているという。ISSに比べ、建造や運用のコストが安いため、実験や研究もISSより安価にできる見込みがある。

さらに宇宙旅行客が滞在する、宇宙ホテルとしての利用もありうるとしている。

すでにこの発表と同じ日には、ISSの米国実験棟「デスティニー」を国立研究所として運用しているCASIS (Center for Advancement of Science in Space)とのパートナーシップが結ばれ、宇宙実験室としての活用に向けて一歩前進している。

ただ、同社はまず、こうした宇宙ステーションに米国や他国、そして民間から、どれほどの需要があるのかを詳しく調査、定量化したいとしている。もし有望な顧客が見つからない場合、B330を打ち上げるという計画そのものを中止する可能性もあるという。

  • B330の想像図

    B330の想像図。この図のように、2機を結合して運用することも検討されている (C) Bigelow Aerospace

鍵は低コストなロケットと宇宙船、そして各国の宇宙政策

実際のところ、この宇宙ステーションが置かれている状況は、あまり明るいとはいえない。

現在米国をはじめ、ISSに参加している各国は、月を回る新しい宇宙ステーションの建造と、その先の有人月探査、火星探査を検討している。そのため、地球低軌道を回る同社の宇宙ステーションに、宇宙飛行士を送り込むような需要、あるいは余裕はないかもしれない。

また、ISS計画に参加していない国――とくに中国は、「天宮」と呼ばれる独自の宇宙ステーションの建造を目指しており、ビゲロウと同じく2020年代の運用開始を予定している。そのため中国からの利用は見込めないどころか、国際協力の一環として、天宮への宇宙飛行や宇宙実験が他国へ提供されることになれば、商売敵になる可能性もある。

富裕層を対象にした宇宙ホテルとしての活用なら、他に同業他社はなく、新しい市場でもあることから、未知の可能性がある。同社を立ち上げたビゲロウ氏がホテル王であることからしてもぴったりかもしれない。

しかし、そのためには安全で安価な宇宙船とロケットが必要になる。現在でもロシアの宇宙船でISSに滞在する宇宙旅行は販売されているが、25億円前後と高価で、大富豪と呼ばれる人の中の、そのまたごく一部の人しか行くことができない。

宇宙旅行という分野を新たな市場として成立するほどに活発なものにするためには、より多くの人が旅行できるようにしなければならず、そのためには桁をひとつ減らすくらいのコストダウンが行われる必要がある。

宇宙企業のスペースXやブルー・オリジンなどは、誰もが宇宙に行ける時代を目指し、実際にそうした低コストなロケットや宇宙船を開発している。つまりビゲロウの宇宙ステーションが宇宙ホテルとして成功するかどうかは、こうしたロケットや宇宙船が成功するかどうかという、他人任せなところがある。

ビゲロウの膨らむ宇宙ステーションに大きな可能性があるのは間違いないが、可能性も同じように膨らむことができるかどうかは、まだわからない。しかし、各国の方針やロケットや宇宙船の低コスト化など、いくつかの歯車が噛み合えば、この宇宙ステーションをひとつの起点として、宇宙の利用やビジネス化、そして宇宙旅行の実現が加速するかもしれない。

  • 世界初となる予定の商業宇宙ステーション

    世界初の商業宇宙ステーションの誕生により、宇宙の利用やビジネス化、そして宇宙旅行の実現が加速するかもしれない (C) Bigelow Aerospace

参考

BSO - Bigelow Space Operations - Bigelow Aerospace Announces the Creation of Bigelow Space Operations
BSO - Bigelow Space Operations - Bigelow Space Operations Announces Partnership with CASIS to Fly Payloads to the International Space Station
Bigelow Aerospace - B330 Space Station
BSO - Bigelow Space Operations
Bigelow Aerospace and United Launch Alliance Announce Agreement to Place a B330 Habitat in Low Lunar Orbit

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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