気温が38度の暑い日に外を歩くのと、秒速25メートルの暴風の中を歩くのと、どちらが身を危険にさらすことになるのか--と聞かれても、答えるのはちょっと難しい。気温の高低、風の強弱どうしなら比較できても、まったく異質の「気温」と「風速」だと比べようがないからだ。
どんな自然災害がどれくらい生き物にダメージを与えるのか。これは、自然災害が環境に与えるリスクを考えるうえでも大切な事柄だが、やはり難問だ。自然災害といっても、異常なほどの高温や低温、暴風雨、津波などいろいろある。これらをなんとか「自然災害の強度」という1本の尺度にまとめ、生き物に対するダメージとの関係を統一的に調べることはできないか。北海道大学博士課程の岩崎藍子(いわさき あいこ)さんと野田隆史(のだ たかし)教授が取り組んだのは、まさにこの問題だ。
まずは自然災害の強度。気温、風速といった個別の指標は比較に使えないので、ここでは思い切って、災害の「再来周期」を強度の代わりに使うことを試みた。一般に自然現象の強度は、平均的な強度の現象がもっとも多く出現し、それより強い現象の頻度は少なくなる。積雪が多い雪ほど発生頻度は少なく、津波の場合も高い津波ほどやはり発生頻度は少ない。つまり、さまざまな災害の強度を「再来周期」という尺度で読み替えることには、合理性がある。災害の種類についての情報を省く代わりに、異なる種類の災害をまとめて比較できるようになるわけだ。
つぎは、生き物へのダメージだ。ある特定の種類の生き物集団が自然災害に襲われれば、個体の数は減る。その減り方が、なにもない平常の状態での増減幅に比べてどれだけ大きいか。これを生き物へのダメージの指標にした。
自然災害に遭ったときの生物の個体数については、過去の論文やデータベース、自分たちの調査をもとにして、実際の減少数を調べた。これと、そのダメージを招いた自然災害の再来周期との関係を求めた。すると、再来周期の長い自然災害ほど、生き物の数の減り幅が大きいことが分かった。この調査には、陸の哺乳類や磯の生き物など、さまざまな種類の生物が含まれている。いろいろな生き物、さまざまな自然災害の全体を眺めたとき、めったに起きない自然災害ほど、生き物に大きなダメージを与える傾向があるという結果が得られたことになる。
2011年3月の東日本大震災を引き起こした巨大津波の影響については、興味深いことが明らかになった。この巨大津波は300年に1回くらいしか起きない強い自然災害だが、潮の満ち干で海から出たり入ったりする岩礁に固着している生き物は、この強度から推定されるダメージより、個体の減少数は少なかった。30年に1回くらいは訪れる暴風雨より、ダメージはむしろ小さかったほどだ。
この研究では、再来周期が数百年にもなるような強い自然災害だと、生き物への被害の不確定性は大きくなるが、100年に1回くらいまでの災害なら、そのダメージは一定の幅に収まる傾向にあることも明らかになった。今回の研究のように、すでに公表されているデータを統合して見直し、新たな工夫でこれまでになかった知を生み出す手法を「メタ解析」という。この研究を見ると、ビッグデータなどと騒がずとも、世にあるデータの中にまだまだ宝は埋まっている気がしてくる。
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